コロナ禍において、感染リスク軽減のため、配膳方法の工夫やメニューの見直しなど、さまざまな制約が加わった学校給食。現場ではどのようなことが起き、どのような対応が取られてきたのでしょうか。2022年3月、学校給食にかかわる栄養学の専門家らを招き、座談会を開催しました。
登壇者は、(一社)日本スポーツ栄養協会理事長 鈴木志保子先生、武庫川女子大学短期大学部准教授 藤本勇二先生、神奈川県立保健福祉大学准教授 駿藤晶子先生、全国学校栄養士協議会理事で兵庫県栄養教諭の増谷美栄子先生の四人。給食を通じた子どもたちの健康や栄養教諭の担う役割などについて、白熱した議論が交わされました。
保護者の視点から見た学校給食への思いと課題とは?
鈴木先生 次に、保護者のご意見を聞いてみたいと思います。神奈川県立保健福祉大学栄養学科准教授であり、中学生のお子さんの保護者でもある駿藤先生、よろしくお願いいたします。
駿藤先生 今日は保護者代表ということで、実際に給食に対して私が感じていることをお伝えしたいと思います。どうぞよろしくお願いします。 現在、私の子どもは中学2年生なのですが、小学校までの6年間、給食には大変お世話になりました。嫌いな野菜もあるんですが、給食だと残さず食べていたようで、家で好き嫌いがあっても、給食で必ずバランスの良い食事を摂れている安心感は、何物にも代えがたいものでした。コロナによる緊急事態宣言、突然の休校という状況は、働く保護者として本当に困りましたね。毎日、今日の昼食はどうしようと頭を抱えながら過ごしていたのを覚えています。
また、うちの自治体の中学校に給食がなかったので、中学校入学前は、毎日のお弁当づくりを想像し、とても憂鬱でした。ところが、ちょうど入学時に学校でのお弁当宅配(事前注文によるお弁当の宅配サービス)によるデリバリー型給食が始まったんです。ただ、ほっとしたのも束の間。このお弁当は給食のように温かくなく、ほかのご家庭もだんだん注文しなくなっているようでした。せっかくの給食なので、何とか温かい状態で提供してほしいと思っています。
また、大変お世話になってきた学校給食ですが、1つ疑問に感じていたこともありました。ときどき子どもが「今日は好きなご飯だったから、何回もおかわりできた」という話をしていたんです。各児童に配り終わった後に、何杯もおかわりできる量が残っているのが、本当に正しいのかどうか。また、おかわりOKだからと言って、そんなに食べて良いのか……。
わが子の話を聞く限り、担任や栄養士の先生の介入はとくになく、見合った量が提供されているかどうか、あまりていねいに見てもらっていなかったように感じていました。
増谷先生は、現場で給食の配膳状況などもご覧になっているかと思いますが、子どもたちが自分に合った量を把握するために、クラスを回って声掛けなどされていますか?
増谷先生 そうですね、とくに少食のお子さんには給食時間に声を掛けて、ひとくちでも多く食べられるよう促しています。なかなか一人ひとりに目を向けるのは難しいんですが、ひどく偏食の子や少食の子には、保護者を交えてお話することもあります。
「お減らし、お増やし」※についてどう思う?
鈴木先生 駿藤先生のお話にもありますが、最近は子ども自身が食べたい量を決めているようですね。「お減らし、お増やし」という言葉があること自体、私は驚いています。
増谷先生 ある程度、平等に盛り切った上で、好き嫌いによって減らしたり増やしたり、という現状はあります。あまり良くないとは思いますが、実施している学校は少なくはありません。
藤本先生 昭和の頃に「残さず食べよう」という指導が行き過ぎたんです。その結果、クラス全体として残す量を減らすために、食べたい子がたくさん食べている。そうではなく、子どもたちに「あなたに必要な量はこれだけですよ」と声を掛け、一人ひとりに適量を食べさせる必要があるんですが。
鈴木先生 栄養学を知らない子どもが、自分の判断で減らしたり増やしたりできる状況は作ってはならない、と私は思っています。学校給食は、授業の一環でもあるんです。
私はこの「お減らし、お増やし」を疑問に感じ、自由にお減らしやお増やしをしている横須賀市内の学校で調査をしました。結果は驚くもので、摂取エネルギー量に大きな差があり、0~100キロカロリーしか食べていない子がいる一方、約1400キロカロリーも摂っている子がいたんですよ。
この地区においては、調査結果を教育委員会に示し、給食を配り切る方針に転換してもらいました。主食は、体の大きさや運動量に応じてS・M・Lと選べるようにしましたが、主菜や副菜はみんな同じ量。食べられないなら残しなさいと。こうすると残す子やその量が明確になり、個別的相談指導しやすくなりました。
最初はクレームもありました。とくにおかわりできないことに対して。でも「学校はレストランではありません。おなかがすくなら、朝ごはんをもっと食べさせるべきです」と説明し、今ではとくに問題が起こっていません。
一人ひとりがしっかり食べた上で「真の残食ゼロ」を狙うのであって、誰かがいっぱい食べての残食ゼロでは意味がない。子どもファーストの考え方なら、適切な量を食べさせなければならないですよね。
増谷先生 確かに、クラス全体としての完食を考えている先生たちは多いように感じます。平等に盛り付け、食べ切れた量がその学級に合った量ですが、年度初めはとくに難しい。給食や食育担当が集まる機会も少なく、とりあえず給食時間を確保するところに労力を費やしているのが現状です。先生方と密に連絡を取り合うべきですね。
※ お減らし:食べる前に児童が自分の自由意思で給食量を減量すること。お増やし:食べる前に児童が自分の自由意思で給食量を増量すること。
これからの給食、食育現場を変える鍵は「デジタル化」にあり!
鈴木先生 「お減らし、お増やし」や「真の残食ゼロ」への取り組み方など、さまざまな課題がある給食の現場ですが、今後、どのように課題解決をしていくのが良いと思われますか?
藤本先生 デジタル化が「お減らし、お増やし」問題の解決のために役立ってくれるのではないでしょうか。子どもたちがどのくらい食べているかしっかり記録し、きちんとカルテにするんです。カルテ文化が、学校にはないんですよね。
現状では栄養教諭に時間がなく、極端な痩身や過度の肥満の子たちへの指導にしか手が回っていません。でも、デジタル化すれば食べる量や食べられないものが明確になり、栄養教諭も担任も指導しやすい。その段階まで環境を整えるのが栄養教諭の仕事だと私は考えています。
鈴木先生 そうですね。私は、デジタル化して母子手帳とつなげてしまえばいいと思っています。生まれたときから小学校、中学校まで発育発達のデータを一元化して、食事や栄養状況も盛り込めば、大人になるまでのデータが、ずっとつながっていきますよね。
駿藤先生 なるほど! アレルギーについては、進級するたびに学校から確認されますが、栄養状況についても個人カルテのように管理すれば、食べられる量が増えている状況なども可視化されますね。
藤本先生 細やかな配慮のできる先生は、家庭訪問や保護者懇談でも給食のことを聞いています。食の状況を踏まえた上で、日々の指導や人間関係の構築を意識している。これが当たり前になるよう、そして共有できるよう、デジタル化して引き継げるようになれば良い。そうするともっと楽に、より子どもたちに向き合う時間ができるのではないでしょうか。
鈴木先生 教員になるための養成の段階から、栄養に関することをもっと学んでほしいですね。
藤本先生 教員養成に必修科目として取り入れるなど、大ナタを振るわなければなりませんが、学校現場で増えている若い先生へ栄養教諭が適切に関わっていくことが必要です。
たとえば、人の分まで食べて良いというジャイアン状態は、学級崩壊にもつながる、給食の指導は学級づくりと深く結びついているという意識を、栄養教諭が担任の先生に日常的に話してあげなければいけませんね。クラスが食への取り組みに積極的になれるよう、栄養教諭と担任のコミュニケーションも重要です。
増谷先生 そうですね、食を通していろんなことができるんですよね。これからも毎日の給食を通じて子どもたちや保護者に、食べることの大切さや楽しく食べる意義などを伝えていきたいです。
駿藤先生 個人カルテは、今後の研究にもつながるようなテーマです。保護者として教員として、今日は良い機会をいただきました。
藤本先生 コロナで失ったものはたくさんありますが、黙食は逆に言えば、しっかり味わって食を楽しむ時間が生まれたと考えたいですね。子どもたちは、こんなに大変な状況下にいますが、うつむいてないんです。うつむきがちなのは大人。だから私たちがどうやって前を向くかということを、これから考えていきたいです。
鈴木先生 コロナ禍という大変な現状ですが、未来を向いてお話できた座談会になりました。さまざまな制約はありますが、栄養教諭の先生、担任の先生、そして私たちそれぞれができることからやっていきたいと思います。今日はありがとうございました。