未来につなげる 和食とうま味
2.和食の心地よさとうま味の役割
日本の食育推進基本計画の中でも和食の継承が重視されています。「未来につなげる和食とうま味」について、お二人の先生にお話しいただきました。
このシリーズは全2回でお届けいたします。第2回の本稿は、山崎 英恵 先生にお話をいただきます。
「1.ユネスコ無形文化遺産登録10周年を迎えて」はこちら ▶演題:和食の心地よさとうま味の役割
座長:武見 ゆかり 先生(女子栄養大学副学長)
初出:第70回日本栄養改善学会学術総会ランチョンセミナー
開催日・場所:2023年9月2日/名古屋国際会議場
和食の心地よさ和食はやさしい食?〜だしの研究から〜
鰹節にお湯を注いだ沖縄の「鰹湯(カチューユ)」、味噌と鰹節に緑茶を注いだ鹿児島の「茶節」は、滋養強壮、疲労回復に効果を持つとして、伝承されています。鰹節や鰹だしが、肉体疲労や眼精疲労などの改善効果があることが、さまざまな機能研究の報告からも明らかにされています。
鰹だしは成分をみると、イノシン酸、ヒスチジン、クレアチニン、アンセリンの含量が高いことが特徴です。例えば、マウスに運動負荷を課した後、鰹だしを与えると、運動量が低下せず上がるといった結果もあります。また、ヒトでも1日2回、鰹だし入りの味噌汁を2週間継続的に摂取すると緊張や不安、疲労が軽減され、活気が上がるという報告もあります(村上仁志.「鰹だしの疲労回復効果」化学と工業、2004)。
だしのほっとする感覚・心地よさを捉える
だしを飲んだときの気分を検証しようと思ったのは、私自身が海外に住んでいたときの経験によるものです。日本に到着したとき、空港でうどん店の前を通ると、匂いを嗅ぐだけでほっとする。食べるとリラックスできる。この感覚は、米国で暮らす中で食べ物から得ることはなかったので、いつか研究したいと思っていました。
気分を科学的に解明するため、こころとからだの状態を主観的指標と客観的指標で評価しました。
主観的な気分は、短時間で直感的に評価ができるように「気分シート」というオリジナルアンケートを作成しました。気分は、喜び、恐れ、悲しみ、怒り、嫌悪の5分類できると言われています。アンケートにより気分の変化をみます。気分シートの妥当性検証ため、他の方法も併用して検証しています。
客観的な気分の評価は、自律神経活動を測定しました。自律神経系は、意志とは無関係にからだをコントロールしており、交感神経と副交感神経に分かれています。交感神経は、闘争と逃走の神経と言われるほど、活動的、緊張、不安になったときに優位に働きます。鮒寿司のような食べたことがないものを食べてもらうと、交感神経の働きが上がることが予想されます。一方、リラックスしたときは副交感神経の活動が上がります。心拍変動のなかで、交感神経、副交感神経のどちらに振れているかを検出しました。
実験に参加した学生の心理状態をできるだけ同じにするため、初めに長い計算テストを実施し、全員に疲れてもらいました。その後、鰹と昆布の合わせだしを飲んでもらい気分の変化をみていきました。トータルの気分状態をみると、お湯を飲んだコントロール群は、疲れが取れず気分は落ち込む。一方、だし群は、あまり気分に変わりがなく、疲れも蓄積しませんでした。嬉しさのポイントは、コントロール群は時間が経っても下がり続け、30分くらい経ってからようやく元にもどる。だし群は、あまり下がることがありませんでした。
自律神経活動をみると、だし群では副交感神経活動が上がり、交感神経活動が下がりました。リラックス状態になっていることが推察できます。また、だしの香りを嗅いだだけでも副交感神経活動が上がったため、香りも重要な役割を担っていることがわかりました。
コンフォートフードとしての和食〜満足感を支えるうま味の役割〜
日本で、心に不調を抱えている人は年々増加しており、1996年から2021年の25年間で約4倍に増加しています(平成8〜令和2年厚生労働省患者調査資料より)。
海外でもストレスの軽減のため、チョコレートバーや甘い物などの高カロリー、高脂肪、高糖質のものがコンフォートフード(心地よい食)として摂取されています。それらは、セルフメディケーションにはなりますが、肥満や生活習慣病の原因となってしまいます。それでは、感情障害を緩和しても、からだにとってよくない、コンフォートといえないのではないかと思います。
和食やだしは、気分を改善しからだにも良い、コンフォートフードであると考えます。大学のイベントで学生にだしを味わってもらうと、リラックスした気分になるようです。留学生からは「、油を使っていないのにすごく満足感がある」という感想がありました。うま味という言葉を知らないための表現です。満足感の高い味だとコメントしている留学生もいました。
京都大学大学院農学研究科栄養化学分野の研究結果で、鰹だしは砂糖やコーン油と同様なやみつき感、いい意味で食べたいと思う気持ちを引き起こす効果があることもわかっています。糖尿病モデルマウスを用いた実験では、だしを水と一緒に与えると、マウスの摂取エネルギーが減少していくという結果もあります。満足感を得て、エネルギーの摂食量が減っているのではないかと推察しています。
だしは日本人のみならず、万人にとってのコンフォートフードになりうるか。検証のため、タイ・バンコクのカセサート大学でもだしを味わうイベントを実施しました。だしを飲んだ感想を聞くと、すごくおいしいという回答が多くみられました。感想の要因としては、報酬効果、健康によさそうだという情報が影響しているようですが、味に慣れてくると、みんなだしが好きになるのではないかと期待しています。
だしの「香り」と「うま味」をきかせた和食は、心地よさと満足感を与えてくれるコンフォートフードだと思っています。うまく活用すれば、日々の気分状態を調節し、心身の健康増進・疾病予防ができるのではないでしょうか。
若者も、心やからだがつらいときには和食を食べてほしい。いつもは洋食などを食べていても、ときには和食を選ぶことができるような食育にも意義があると思っています。
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座長のことば
ユネスコ無形遺産登録から10年という節目の年に、和食とうま味の現状と、これからの可能性を共有することができました。
熊倉先生からは、和食がユネスコ無形文化遺産に登録された背景と、改めて和食とは何かを考えるための基本を教えていただきました。
山崎先生は、熊倉先生のご講演にもあったように食体験の構築により、だしがコンフォートフードになり得ることを実験結果もふまえ、科学的な視点からお話しいただきました。
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座長
武見 ゆかり(たけみ ゆかり)先生
女子栄養大学副学長
Profile
山崎 英恵(やまざき はなえ)先生
龍谷大学農学部教授、同大学食の嗜好研究センター長