未来につなげる 和食とうま味
1.ユネスコ無形文化遺産登録10周年を迎えて
日本の食育推進基本計画の中でも和食の継承が重視されています。「未来につなげる和食とうま味」について、お二人の先生にお話しいただきました。
このシリーズは全2回でお届けいたします。第1回の本稿は、熊倉 功夫 先生にお話をいただきます。
「2.和食の心地よさとうま味の役割」はこちら ▶演題:ユネスコ無形文化遺産登録10周年を迎えて
座長:武見 ゆかり 先生(女子栄養大学副学長)
初出:第70回日本栄養改善学会学術総会ランチョンセミナー
開催日・場所:2023年9月2日/名古屋国際会議場
ユネスコ無形文化遺産登録に向けて
2013年12月4日、「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録決定されました。登録名称は「和食;日本人の伝統的な食文化―正月を例として―」です。登録されて2023年で10周年を迎えます。
ユネスコ無形文化遺産登録のきっかけは、京都の料理人たちの働きかけによるもので、取り組みが始まったのは2011年東日本大震災が起きた年です。当時は、原発事故の風評被害や和食離れなど、日本の食に危機感がありました。政府は日本の食が安心安全であることを世界にアピールするためにも、登録が有効であると判断。農林水産省主催による検討会が開始したのは2011年7月でした。検討会は私が委員長を務め、登録までを見聞していたので、その経緯をお話しします。
当初、検討会では、どのような申請が登録できるのか、あまり理解できていませんでした。食の分野が初めてユネスコに認められたのは2010年のことで、まだ新しい分野だったのです。当時、登録があったのは、フランスのガストロノミー(美食学・美食術)、メキシコの伝統料理、地中海料理の3件です。
では、我々は何を登録すればよいか。検討委員のひとりであった当時の味の素(株)山口社長から、「日本人全員が賛同してくれるものにしたい」という意見が出されました。フランスのように国民全体が担い手になる食文化の登録を目指すことになり、「会席料理」で申請しようと案がまとまりかけていました。しかし、日本に先立ち申請していた韓国の「宮中料理」は、登録が認められなかったのです。その理由は、宮中料理店への利益誘導型になる懸念があったためです。商業主義的なものは受け付けられないことがわかり、会席料理でも同様になる危惧がありました。
議論の末、採択されたのが「和食」、英文表記でも「WASHOKU」です。「和食;日本人の伝統的な食文化」という提案が検討会で決定し、2012年3月に第1回の申請を提出しました。
ユネスコ無形文化遺産に登録されるためには、それぞれの国においてすでに保護されていることが条件です。それまでの無形文化遺産登録は、国の重要無形文化財などに指定されたものが、文化庁から申請される流れになっていました。歌舞伎や能楽などは重要無形文化財、地方の祭などは重要無形民俗文化財の認定を受け、ユネスコ申請の提案がされていましたが、日本には食文化を保護する法律がないため、ユネスコに提案するのは容易ではありませんでした。しかしながら、当時の背景も後押しし、政府をはじめ関係者が苦労を重ねた結果、2013年12月に登録決定となりました。
和食文化を守り、つないでいく
登録認定により、和食文化の保護・継承が義務づけられました。そこで、活動団体として、2015年に「一般社団法人和食文化国民会議」が創立されました。
主な活動としては、11月24日を「和食の日」と設定し、全国の小・中学校や幼稚園、保育所などに参加してもらい、「天然だしで味わう和食の日」というイベントを開催しています。年々参加校が増え、令和4年度は14,356校の参加がありました。参加校には、地域の天然素材でだしをとり、給食でだしが味わえる汁物等の提供をお願いしています。
味は記憶です。味がわかるのは、舌の味蕾(みらい)の精度ではありません。味蕾から脳に伝わった味の情報が記憶されていく。このことが、味がわかる大事な要素となります。現代の子どもたちは、味の経験が乏しくなっていると思います。天然だしの味を記憶として持ってもらうことが、「天然だしで味わう和食の日」のねらいのひとつです。
ユネスコ登録後、大学で和食文化や食文化を学ぶことができる学部や学科が創設されました。京都府立大学は和食文化学科、立命館大学では食と経営を学ぶ食マネジメント学部。龍谷大学農学部に設置された「食の嗜好研究センター」では、食の嗜好性(おいしさ)に関する研究活動を行っています。すでに栄養関連の学部・学科があった大学でも、食文化の研究や講義が行われるようになりました。このようなことも、ユネスコ登録により、和食が注目されるようになった影響だと思います。
現代日本では、食の多様化などもあり、和食文化の未来が危ぶまれています。どうしたら和食;日本人の伝統的食文化を継承できるのかが、大きな課題であると感じています。
和食文化国民会議が提唱する「和食の心とかたち」
和食文化国民会議が提唱する「和食の心とかたち」和食は、地域の新鮮で多彩な食材を大切にし、四季おりおりの自然の恵みに対する感謝の心とこれを大切にする精神に支えられ、地域や家族をつなぐ日本人の生活文化です。
和食は、米食を主食とし、ご飯に合った多彩な汁・菜・漬物によって構成される献立を基本に、正しく箸や椀などを使う日本の食習慣です。
味わいは、だしのうま味をベースとし、醤油、味噌、酢などの伝統的な調味料を用いてつくられます。
伝統的なすしや郷土の食、うどんや蕎麦などの粉食、また日本で育まれ培われて日本人の生活に定着しているものも和食といえましょう。
和食は、多種、多様な食材の利用を通じて、日本人の健康に寄与することが期待されます。
「和食の心とかたち」からみる和食の概念
和食とは何かを提唱するため、一般社団法人和食文化国民会議では「和食の心とかたち」を作成しました。一部の内容を解説します。
「正しく箸や椀などを使う日本の食習慣」
菜(さい・おかず)が洋食でも中華でも、箸で食べるのであれば広い意味で和食であると考えています。
「和食は、地域の新鮮で多彩な食材を大切にし、四季おりおりの自然の恵みに対する感謝の心とこれを大切にする精神に支えられ、地域や家族をつなぐ日本人の生活文化です。」
私たちは、食事の際、「いただきます・ごちそうさま」と言います。食事を作ってくれた方への感謝だけでなく、自然に対する感謝も表しています。日本人には古くから八百万(やおよろず)の神が神観念とし てあります。一木一草、あらゆるものに神が宿っている。それらをいただき、命をつないでいることに感謝する。このような、自然の恵みに対する感謝の心も和食を伝える上で大切です。
「和食は、米食を主食とし、ご飯に合った多彩な汁・菜・漬物によって構成される」
私たちは、味の淡泊なご飯と、味の濃い菜を合わせて食べることにより、口の中で自分の味を作っています。知らず知らずのうちに行っている食習慣ですが、和食を伝える際に、このことも伝えていただきたいと思っています。
「日本人の健康に寄与することが期待されます。」
和食が海外でも人気があるのは健康によいことにも魅力があるからではないでしょうか。皆さんにはこれからも和食を作り続け、子どもたちに和食の心を伝えてもらいたいと思っています。
Profile
熊倉 功夫(くまくら いさお)先生
MIHO MUSEUM館長、国立民族学博物館名誉教授