セミナーレポート

特別インタビュー

いま、癌治療には栄養面のアプローチが注目されている!

小林 実 先生(東北大学病院総合外科)
※この記事の内容は公開当時の情報です

【特別インタビュー】いま、癌治療には栄養面のアプローチが注目されている!

アミノ酸シスチン・テアニンにより抗癌剤の副作用を軽減する研究で3つの学会賞を受賞
小林 実先生(東北大学病院総合外科)

「がんの予防や臨床には、まだ明らかにされていない、多くの有用な栄養学的アプローチがあるのだと思います」。そう語るのは、東北大学病院総合外科の小林実先生です。小林先生は、抗癌剤の副作用による末梢神経障害の症状を、アミノ酸シスチン・テアニンで軽減可能というデータを論文化して発表、国内の癌や栄養関連学会から複数の賞を受賞されました。その小林先生に、ご研究の背景、癌と栄養のトピックス、日常診療での栄養士/管理栄養士とのかかわりなどを伺いました。多忙を極めるなかで、患者さんの辛い症状を栄養介入で緩和できないかと研究を進められてきた先生のお人柄に迫ります。

小林 実 先生の「JSPEN 小越章平記念 Best Paper in The Year 2020」受賞講演の模様はこちらをご覧ください

「静注」から「経口投与」への発想の転換

小林先生が受賞された論文は、癌治療に関する英文ジャーナル「International Journal of Clinical Oncology」に昨年7月発表されました。邦訳した原題は、「オキサリプラチン誘発性末梢神経障害に対するシスチンとテアニンの経口投与による保護効果の研究:パイロットランダム化試験」です。

大腸癌治療のキードラックであるオキサリプラチンという白金製剤を用いると、しばしば末梢神経障害が出現し患者さんを苦しめます。これに対して、アミノ酸であるシスチンとテアニンを経口摂取すると、抗酸化作用物質であるグルタチオンの合成が促進され、その働きにより末梢神経障害症状が有意に抑制されるというのが、研究の要旨です。

本研究のポイントの一つは、グルタチオンに着目した既報研究が経静脈的または筋注で投与されていたのに対して、経口投与とした点です。経口という患者さん自身で摂取可能な栄養学的アプローチをとることによって、血中濃度が維持されやすくなったことが、ポジティブな結果につながったと推察されます。

この研究で先生は、「第58回日本癌治療学会学術集会 優秀演題」、「日本臨床栄養代謝学会 小越章平記念 Best Paper in The Year 2020」、「第21回日本癌治療学会 研究奨励賞」という3つの学会賞を受賞されました。研究の詳細は、以下をご覧ください。

要旨紹介
発表論文

一般社団法人日本癌治療学会・研究奨励賞授賞式の模様(2021年10月)

一般社団法人日本癌治療学会・研究奨励賞授賞式の模様(2021年10月)
一般社団法人日本癌治療学会・研究奨励賞授賞式の模様(2021年10月)

入院患者さんに接していると、外来ではわからないことが見えてくる

――今回のご研究は、どのような背景から取り組まれたのでしょうか?

オキサリプラチンを含む複数の抗癌剤を組み合わせたmFOLFOX6療法は、大腸癌に対する重要な治療介入法ではあるものの、有害事象で末梢神経障害が現れることがあります。具体的には手足のしびれや痛みが多くみられます。

現在の勤務先である東北大学病院ではmFOLFOX6療法を外来で行うことが多いのですが、以前勤務していた仙台オープン病院では入院していただき施行していました。すると、外来ではなかなか把握できない、患者さんが辛そうにされている場面を目にする機会が多々あるのです。そのような患者さんの症状をなんとかできないかということで、院長の土屋誉先生の発案で研究を始めようということになりました。

――結果的に、シスチン・テアニンが末梢神経障害の自覚症状を軽減するという効果を実証され、三つもの賞を受賞されました。抗癌剤の副作用による末梢神経障害への対策を模索されている先生方が多く、期待されていた研究ということかもしれませんね。

そういうことかもしれません。

――ご研究の発表や複数の賞を受賞された反響をお聞かせください。

同僚や上司などから祝福されました。また、海外の研究者から「抗癌剤の末梢神経障害の総説を書くので話を聞かせてほしい」という連絡が入り、しばらく情報交換をしていました。

小林 実 先生(東北大学病院総合外科)

さらにネットを見ますと、オキサリプラチンを投与されている患者さんがこの論文をご覧になり、ご自身でシスチン・テアニンを飲み始めたというブログの書き込みもあります。癌患者さんの中には治療の最新情報を積極的に収集されている方がいらっしゃり、我々医師が知らないところでさまざまな工夫をされていることが少なくないようです。

――研究をされていて、一番のハードルはどのようなことでしたか?

日本語ではなく英語の論文にまとめることでした。日本語なら1年ぐらい早く出せていた可能性があります。ただ、英文ジャーナルに掲載されますと、やはりインパクトが違います。せっかくポジティブな結果が出たからには、より多くの臨床医や研究者に伝えようと、諸先生の指導を受け、また編集部からの指摘に対応しつつ英語論文を作成しました。掲載後には、いま申しましたように海外からも反響があり、多くの研究者に着目されているようです。

静注では効果がなくても患者さんに経口摂取してもらえば有効でないか?

――今回のご研究のポイントの一つは、既報研究と異なり、投与経路を経口とされたことだと拝察します。このアイデアにはどのようにたどり着いたのでしょうか。

患者さんの末梢神経障害をなんとかしたいと、過去の文献を読んでいますと、グルタチオンの投与はほぼ全部静脈投与だったのです。「1回の投与で効果が持続するのかな?」と思い半減期を調べますと、オキサリプラチンの半減期に比較し圧倒的に短いことがわかりました。

そこで、患者さん自身に連日、経口摂取していただければ、血中濃度を保てるのではないかと思いました。土屋先生のアイデアを基に研究計画をまとめていく段階で、投与経路の違いの重要性に思い当たったという次第です。結果的にポジティブな結論に至り、良かったと思います。

土屋先生はアイデアの豊富な先生でいらして、実は本研究以外にも、末梢神経障害に対していくつかの介入方法を発案され、臨床研究を行われています。

――末梢神経障害のために化学療法を完遂できないこともあるのでしょうか?

よくありますね。患者さんは手袋をされたり、さまざまな工夫をされていて、なんとか抗がん剤治療を続けようとされることが少なくありません。辛そうにされているので、「お薬を休みましょうか?」と提案しても、「いえ、続けます」とおっしゃる方も多くおられます。やはり命がかかっているという思いが強いのだと思います。

そのような時でも、血液データから継続不能と判断される場合は、無理はかえってよくないことを説明し中止します。ただし、末梢神経障害の自覚症状のみの場合は、ご本人が治療継続を強く望まれると判断が難しいこともあります。

――ご発表された研究は大腸癌に対するmFOLFOX6療法による末梢神経障害をターゲットにシスチン・テアニンで介入されたのですが、他の癌種にも同じような効果が期待できる可能性はありませんか?

オキサリプラチンを使うレジメンであれば他の癌種にも試せるのではないかと考えています。

癌の予防や治療への栄養介入のフロンティア

――パイロット研究でポジティブな結果が得られたからには、次のステップにつなげていく必要があると思いますが。

おっしゃるとおりなのですが、この先に進めてより確固たるエビデンスを構築するには、多施設共同での二重盲検試験を行うことになります。研究に参加される各施設の倫理委員会の審議を通したり、効果判定の独立した組織を立ち上げたり、プラセボを用意したりと、手間やコストの点で、我々が単施設で行った非盲検試験に比べ格段にハードルが高まります。次のステップにつなげるためには課題が数多くありますので、引き続き前向きに検討していきたいと思います。

個人的には今、少し基礎研究に力を入れたいと考えています。現在、大学院生に活性酸素種の影響の研究を指導しているのですが、シスチン・テアニンが末梢神経障害を抑制する機序にも抗酸化作用の関与が想定されていますので、基礎研究から新たな知見を得られる可能性もあります。

小林 実 先生(東北大学病院総合外科)

――基礎研究のお話が出ましたが、先生ご自身は基礎と臨床のどちらがお好きですか?

臨床に興味があって医師になったのですが、基礎研究にも別の面白さがあります。臨床から示された効果のメカニズムを基礎で確認し、基礎で得られた知見を臨床に生かすといった、双方向性に研究を進めていく必要性を感じています。

――活性酸素種や抗酸化物質以外にご興味のある研究のテーマはおありですか?

腸内細菌叢にも興味があります。腸内細菌叢は今、医学のあらゆる領域でトピックスとなっていますが、栄養介入による細菌叢の組成への影響や、それに先ほど申しました活性酸素種、あるいは大学院時代に研究していた細胞膜に存在し物質輸送にかかわるトランスポーターと絡ませた研究を進めたいと考えています。

また、家族性大腸腺腫症(FAP)という大腸癌リスクが極めて高い遺伝性疾患があるのですが、そのFAPの発癌抑制機構の解明に、それらの研究を生かせる可能性にも期待しています。

――癌になってからの治療ではなく、なる前の発症抑制ということですね。

どちらかというと今は予防に興味があり、食品や栄養による介入で、発癌リスクを下げられないかと考えています。

外科医としてNSTに参加

――外科医にとって栄養士/管理栄養士とは、どのような存在でしょうか?

看護師さんや薬剤師さんに比べると接する機会は少し少ないかもしれません。しかしカンファレンスの場ではもちろん一緒にディスカッションしますし、栄養学的アプローチの際には頼りになる存在です。また、癌患者さんの栄養状態を、アルブミンやCONUTスコアで評価したり、最近ではInBodyという体組成分析装置の結果を報告してくださるので、治療介入の調整に助けられています。

実は私も院内NSTの一員であり、NST内の情報交換用の媒体に原稿を書いたりしています。癌化学療法の薬剤自体の研究となると医師や薬剤師の領域かもしれませんが、有害事象の栄養面からの抑制ですとか、パフォーマンスレベルを維持・向上させるための栄養介入といったことであれば管理栄養士/栄養士のみなさんが専門家ですので、専門職者としていろいろアイデアを提案していただきたいなと感じています。

――栄養士/管理栄養士としては、ドクターに話しかけることに少し躊躇があるのではないかと思うのですが。

一般的にはそのようなイメージがあるかも知れませんが、実際にはそうでないことも多いと思います。現在勤務している大学病院の栄養士さんは、普段から病棟で話し合いをしていますし、良好にコミュニケーションをとれていると感じています。

さきほどの話と少し重複しますが、栄養介入にはまだまだ多くの可能性が残されていると思います。例えば、化学療法の副作用で味覚障害が現れたら、医師は亜鉛を測定し「下がっているから」と亜鉛を処方するという、やや杓子定規な対応をしがちです。しかし、「うま味」を利用して味覚感度を上げるという栄養介入もあると聞いております。患者さんのQOLを高める方法を我々医師だけで考えているよりも、栄養の専門家に加わっていただいたほうが、たぶん良い発想がいくつも出てくるのではないかと思います。癌と栄養の関連については、我々がまだ知らないことが非常に多く存在するのではないでしょうか。

患者さんとの信頼関係を大切に

――最後に先生ご自身のことをお尋ねさせていただきます。まず、医師になろうとされたのは、どのような理由からでしたか?

私は高卒後、一度文系の大学に進みました。しかし、人とかかわる仕事がしたいという思いが募り、また、ほかにもいくつか理由があり、一念発起して医学部に入り直したという次第です。

小林 実 先生(東北大学病院総合外科)

――外科に進まれたのは?

全身を診ることができる診療科に興味がありました。また、日本で癌治療に携わる外科医は、多くの場合、診断から手術、術後管理、ケースによっては終末期から看取りまで、一貫して患者さんやご家族と向き合うことになります。それだけ大変なのですが、やりがいも感じられます。

――ご趣味はございますか?

以前からバレーボールをしていました。大学、大学院でも続け、仙台オープン病院でも経験者を募って1カ月に1回は汗を流していました。しかしコロナのパンデミック以降は全くしていません。パンデミックが終息すれば再開したいところです。

――医師として大切にされている信条をお聞かせください。

やはり患者さんとの信頼関係を築くことですね。それには治療の話だけをしていてはなかなか難しい部分も多く、様々な視点から患者さん・ご家族と関わっていくことが大切だと考えています。

――本日は長時間にわたりありがとうございました。

ありがとうございました。

(このインタビューは、2021年10月20日に行いました)

小林 実 先生の「JSPEN 小越章平記念 Best Paper in The Year 2020」受賞講演の模様はこちらをご覧ください

Profile

プロフィール写真

小林 実(こばやし みのる) 先生
東北大学病院総合外科・卒後研修センター助教

略歴
1980年生まれ、奈良県奈良市出身。信州大学医学部卒業、医学博士。2009年 みやぎ県南中核病院、2012年 東北大学肝胆膵外科・胃腸外科入局、2015年 仙台市医療センター仙台オープン病院、2018年より五戸総合病院、2020年より東北大学病院総合外科・卒後研修センター助教。

資格
日本外科学会専門医、日本消化器外科学会専門医、日本消化器病学会専門医、日本がん治療認定医機構がん治療認定医、日本臨床栄養代謝学会認定医など。

受賞歴
2020年10月 第58回日本癌治療学会学術集会優秀演題
2021年2月 日本臨床栄養代謝学会小越章平記念 Best Paperin The Year 2020
2021年10月 日本癌治療学会第21回研究奨励賞