演題:おいしく健康な明日のために〜これからの栄養士・管理栄養士に求められること〜
初出:味の素株式会社主催 栄養士・管理栄養士対象Zoomウェビナー
開催日・場所:2021年3月27日(土)/オンライン
宮澤 靖 先生
新型コロナウイルスは消化管からも検出され、かつ、検出される期間は上気道よりも消化管の方が長い。重症患者であっても経腸栄養等により可能な限り消化管を使うことが重要。また、嗅覚障害や味覚障害が高頻度でみられ、全身状態が軽快した後も遷延することが少なくない。これらの問題に対して、栄養士・管理栄養士が栄養の専門家として院内でイニシアチブをとって介入していくことが求められる。
巴 美樹 先生
うま味の研究は常に日本が世界をリードしてきた分野。うま味成分であるグルタミン酸は、おいしく食べるだけでなく食思を回復させる働きがある。さらに重要なことは、グルタミン酸は消化管のエネルギー源であるという点。グルタミン酸を適切に摂取することで、消化管の機能維持や褥瘡の治癒にも影響がある。研究の結果、特に高齢者施設食はグルタミン酸が不足している可能性があり、喫食率を上げるためにグルタミン酸の活用も考慮される。最適な添加量は0.5%と考えられる。
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講演後のQ&Aコーナー① 事前に募集された質問への回答
――食事療法に無関心な患者さんや意識があまり高くない患者さんに、行動変容を促す方法を教えてください。
宮澤先生 私が気をつけていることは、ご本人ができないことを指示しないということです。我々が指導する対象は高齢者が多く、例えば計量スプーンを使って料理をするようにと伝えても、実行は難しいと思います。それぞれの人、ご家庭の食文化を大切にしていただき、一方的な情報伝達にならないことに注意しています。
巴先生 私も同様です。まずは患者さんとの距離を近くすることが第一で、その後、実行できるものを一つずつ行っていただきます。時間はかかりますが、このようなステップを踏むことが大切なのだと感じています。
――減塩食では残食が増えてしまいます。喫食率を高めるためにどのような工夫が考えられますか。
巴先生 高齢の方に減塩食をすべて食べていただくのは、なかなか大変です。加齢とともに味覚に対する感受性が低下してきますから。一つの考え方として、減塩食であるために喫食率が下がっているのであれば、減塩をある程度解除しても良いのではないかと思います。医師とコミュニケーションをとり、薬を加減していただいたうえで、必要とされる食事量を摂っていただくことが大切なのではないでしょうか。
宮澤先生 私も同感です。高齢者の栄養を考える場合、「食べること」に軸足を置く必要性が高いのではないでしょうか。減塩を解除できなければ、うま味をしっかり活用するなど、調理方法の工夫を心がけるべきだと思います。
――他職種スタッフとのコミュニケーションに悩んでいるのですが、アドバイスをお願いします。
宮澤先生 私自身が心がけていることは2つです。まずは丁寧な対応をとること。これは社会人としてのマナーであり、例えば美しい日本語を使うといったことも含まれます。もう一つは、カンファレンスなどでの発言が、単なる報告事項で終わらないようにすることです。カルテに書いてあることはスタッフ一堂、それを見ればわかります。他職種スタッフが知りたいことは、栄養面から患者さんの回復をサポートする提案です。栄養の専門家として、そのような提案を行えるようになっていただきたいと思います。
巴先生 私自身のことを申しますと、病院に勤務していた当時、ある患者さんの喫食状況から考えて、ビタミンB不足が病態に影響しているのではないかと判断される方がいらっしゃいました。ビタミンレベルの測定は結構コストがかかるのですが、医師に提案し「では測ってみよう」と言っていただけたことがあります。その結果、欠乏状態であることがわかり、栄養介入で改善したという経験があります。 私もこの体験をするまでは医師に質問ばかりしていたものですが、この経験以降、提案力を高めるように努めました。その意味では、今の私のように教育機関勤務ではなく、病院や介護施設にお勤めの栄養士・管理栄養士の方は恵まれた環境にいるのではないでしょうか。常に患者さんに接することができ、自分が提案した栄養介入の効果を実感できるのですから。
――巴先生のお話は栄養士・管理栄養士のスキルアップに関係する内容でしたが、その点について宮澤先生はどのようにお考えですか。
宮澤先生 スキルアップについては多くの方からご質問をいただくのですが、臨床栄養のスキルを上げるには、身体のことをよく知ることが一番だと思います。基礎科目の解剖生理と生化学の二つをしっかり学ぶということが、遠回りのようであり実は一番近道です。その履修のうえで、疾患と栄養の関連性を常に意識して業務に当たられると良いのではないでしょうか。
――事前アンケートで最も多かった質問が、モチベーションの保ち方でした。栄養士・管理栄養士としてモチベーションを高めるには、どのような考え方が必要でしょうか。
宮澤先生 さまざまな専門職者が働いている医療機関において、栄養を専門にしている人間は自分だという自負を持つことが大切です。国家資格を持つ以上、国民の健康を守るという責任感が必要です。そして、次世代に恥ずかしくない仕事をして、しっかりバトンを受けつないでいくという思いが、私の場合のモチベーションです。
巴先生 食に関する治療が行えるのは管理栄養士ですね。それをモチベーションとして、大学と病院の垣根などを超えて情報を共有し、互いにスキルアップしていければと思います。
宮澤先生 病院内の栄養サポート業務に関する診療報酬上の評価も高まってきています。最近では、集中治療室における早期栄養介入管理加算や栄養情報提供書加算が新設されました。医療費高騰を抑制するためにも「薬から食品へ」という時代になっておりますので、この波に乗り遅れないように、モチベーションを維持していただきたいところです。
講演後のQ&Aコーナー② 事前に実施したアンケートの回答に関するレビュー
――事前アンケートで、献立作成の際に大切にしていることを質問した結果、「彩り、見た目を大切にする」「旬の食材を使う、季節感」「おいしさと栄養バランス」という順でした。この結果をどのようにお感じになりますか。
宮澤先生 彩りや見た目を大切にすることは、日本食の文化そのもので、非常に重要です。また、おいしさを追求するということももちろん大切で、病院食はいまだにおいしくないというイメージがありますが、現場の皆さんは日々努力されているのだと強く感じました。
――続いて「栄養指導の際に皆さんが大切にしていることは?」との質問に対しては、「相手の立場に立つ、寄り添う」が多く、「相手が実践できる、続けやすい指導を心掛けている」「しっかりと相手の話を聞く」といった回答が多くあげられました。
巴先生 栄養指導は一回で終わるものではありませんので、「次にあの先生と、こんな話をしたい」と思っていただくことが大切です。患者さんと面白い話をしたり、ご家族のことをお尋ねしたりして、話しやすい雰囲気を作るということが、まず必要ではないでしょうか。そういったことを皆さん実感されていることが、このアンケートの結果に表れているのだと感じました。
――「相手の個性を意識した指導を心掛ける」「改善点を一緒に見つける」「わかりやすさを大切に、噛み砕いて説明する」「相手の嗜好を大切にする」などのご意見もいただきました。
巴先生 素晴らしいですね。皆さん、指導だけに集中されているかと思っていたのですが、実際はこれほど親身になって考えていらっしゃるということで驚きました。私自身も患者さんの声をしっかり聞かなくてはと思いを新たにしました。
――最後の設問の「あなたの理想の栄養士・管理栄養士の姿を教えてください」に対しては、「食事・栄養のプロとして、患者さん・医療スタッフから信頼されて、治療に貢献できる管理栄養士」「かかりつけ医のようにいつでも気軽に相談してもらえる存在になりたい」「人の命を救える管理栄養士」「他職者には栄養のプロとしての誇りを忘れず、患者さんに対してはおごらずに、医療と生活の橋渡しをする存在でありたい」など、多数の理想像があげられました。
宮澤先生 非常に誇らしく感じます。患者さんに寄り添えることが、臨床家にとって一番大切であり、その思いが強く感じられる結果です。
私にも、10年ほどお付き合いさせていただいたご高齢の女性患者さんがいらっしゃいました。20代で胃がんのため胃を摘出し、50代で乳がんのため乳房切除、60代で食道がんのため食道を摘出され空腸瘻で栄養を摂られている方です。もう十年近く食事をされていないとのことで、ある時「線路に立ったこともある」といったお話もしてくださいました。私が転勤になる前の最後の外来でその方は、「先生にとって私はその他大勢の一人かもしれないが、私にとって先生は生きていることのすべてだ」とおっしゃいました。臨床にある者として、一人ひとりの患者さんに寄り添うことがいかに大切かということを、深く心に刻んだ体験でした。
巴先生 私も素晴らしいアンケート結果だと感じます。我々の世代の若かりし頃より、数段意識が高くなり、プロ意識が確実に育っているようです。患者さんを教科書として、さらに頑張っていただきたいと思います。
ご講演後のQ&Aコーナー③ ウェビナー中に寄せられた質問
――ダイエット志向からか、プロテイン飲料を利用して固形物を食べない人が増えています。食事量の不足や消化機能の低下を危惧してるのですが、いかがでしょうか。
巴先生 私が勤める九州女子大学では最近、スポーツ栄養研究所を開設し、この領域の研究を進めています。そこでの研究からわかったことの一つとして、ベースの食事がきちんとしていなければ、プロテイン飲料を飲んでも飲まなくてもほとんど変わらないというデータが得られました。やはりプロテインだけ摂っているのでは、ビタミンやミネラルが不足してしまいます。偏った食生活が良くないことは明らかですので、基本の食事をしっかり摂ったうえで、必要と思われるのであればプロテインを摂取するということが良いと思います。
宮澤先生 私も同感です。断食や固形物を摂らないことは、若いうちには直ちに問題になることはないかもしれません。しかしその方が高齢になった時に必ずダメージがどこかに出てくるのではないか? その確率はかなり高いのではないでしょうか。そういった習慣を是正していただくことも、私たちの一つの役目だと思います。
講演終了後のこぼれ話
ご講演とQ&Aコーナーに引き続き、さらに少しだけ先生方にインタビューをさせていただく時間がありましたので、一言いただきました。
宮澤先生は、COVID-19重症例に栄養スタッフが積極的に関与していくことの必要性を改めて強調されていました。
また、COVID-19対策としてのビタミンDについては、先生ご自身もサプリメントを利用しているとのこと。「COVID-19患者さんを受け入れている病院のスタッフは、恐らくそのようにされている方が少なくないのでは?」というお話でした。
巴先生には、病院食にグルタミン酸が少ないという先生のご研究結果を改めて解説いただきました。先生のご研究は九州地方の病院で行ったため、あごだしが多用されていたことも、グルタミン酸が低かった一因の可能性があるとのことです。いずれにしても、食思の低下している患者さんを栄養から支えるために、うま味を生かした介入が多くの医療機関で実施されることを期待したいところです。