演題:おいしく健康な明日のために〜これからの栄養士・管理栄養士に求められること〜
初出:味の素株式会社主催 栄養士・管理栄養士対象Zoomウェビナー
開催日・場所:2021年3月27日(土)/オンライン
いま改めて考える、食の大切さと栄養士にできること
~コロナ禍の現場でみえてきた栄養管理の未来~
本日は現在猛威を振るっている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について、皆さんと情報共有したうえで、管理栄養士・栄養士にできることを考えていきます。
COVID-19にはこれまでの感染症と大きく異なる3つの特徴があります。1つは症状出現の約2日前から他者に伝播させ得るという点で、これがパンデミック抑止を困難にしている一因です。2つ目は致死率が2~3%と、インフルエンザの約40倍に及ぶ病原性の強さです。そして3つ目は感染拡大の速さで、検査を十分にできない時期もありました。
重症化リスクは報道のとおり、高齢者および基礎疾患のある人で高いことが明らかです。しかし基礎疾患があってもそれが良好に管理されている場合、必ずしも重症化リスクが高いとは言えないことも報告されています。
ICU入室COVID-19患者さんへの経腸栄養
COVID-19は上気道感染症ですが驚いたことに、ウイルスは便中からも約6割の頻度で検出され、さらに検出される期間は平均22日と、喀痰や唾液の18日よりも長いことが昨春、中国から報告されました。この報告のインパクトは小さくありません。腸管を使わなければウイルス排泄が遷延する可能性があり、かつ腸管免疫の低下が病態に影響を及ぼすことも懸念されます。
私の勤務する東京医大では直ちに栄養部門のスタッフと医師とが協議し、ICU入室患者さんにも積極的に経腸栄養を行う方針をとりました。たとえ重症患者さんであっても、できるだけ腸管を使って栄養を届けるべきとの考えです。
2021年2月末現在の当院ICUにおける経腸栄養について(下図1-A参照)にまとめました。ポイントは、経腸栄養を24時間持続投与とする点。下痢発生時も中止せずに、投与速度や食物繊維添加で対応し、また糖尿病のある方には低GI・低GL製品を使用しています。
嗅覚・味覚障害に対する栄養介入
COVID-19感染に伴い嗅覚や味覚が低下することが知られています。急性期だけでなく、治療終了後にも嗅覚・味覚障害が続く症例が少なくありません。嗅覚や味覚が低下していると当然、食欲不振となります。そのようなケースでも、管理栄養士・栄養士の精力的な関与が求められます。
COVID-19の予防や治療におけるビタミンD、EPA
COVID-19と栄養の関連でいま注目されているのは、ビタミンDです。パンデミックの初期に、国民のビタミンD値が高い国ほどCOVID-19罹患率や死亡率が低いというデータが報告されました。その後、ビタミンDレベルを上げても病状の改善にはつながらないという否定的な報告がされたこともありますが、いまでは両者に関連があるとする考え方が主流になってきました。
栄養関連でもう一つ注目されているのは、EPA(エイコサペンタエン酸)の抗炎症作用です。EPAはこれまで、アラキドン酸からプロスタグランジンやロイコトリエンへの代謝経路を阻害することで抗炎症作用を発揮すると考えられていましたが、最近の研究から、EPAの代謝物質であるレゾルビンが高い抗炎症作用を持つことがわかってきました。COVID-19によるサイトカインストームに伴う炎症を、レゾルビンが抑制する可能性が期待されています。
食器の取り扱いについて
最後に、質問されることの多い食器の取り扱いについて触れておきます。
当院では通常どおりに食器を取り扱っており、配膳もパンデミック前と変わりありません。その根拠は、日本環境感染症学会が公表したCOVID-19への対応ガイド、および厚労省のCOVID-19診療の手引きです。いずれも通常の熱水洗浄でよく、特別な対応の必要はないとしています。 ただし、それでは不安という声もありますので、その場合は食器をシンクに入れ次亜塩素酸1,000ppmで約10分浸漬すればよいでしょう。この方法は米国環境保護庁も推奨しています。
今回はCOVID-19を中心にお話ししてきました。COVID-19は上気道感染症であるにもかかわらず、ウイルスは腸管に長く滞在し、かつ、嗅覚や味覚の障害が少なくありません。いずれに対しても、栄養の専門家の能動的な介入が期待されます。食欲不振に対しても、うま味を上手に活用して喫食率をアップさせるなどして、おいしく健康な明日のために、貢献していただくことを期待しています。(下図1-B参照)
うま味の力! 喫食率アップでQOL改善
講演テーマに「うま味の力」と入れましたが、私がうま味の研究を始めた契機は、高齢患者さんの食事風景です。この方々は食事をおいしい、楽しいと感じていらっしゃるのだろうかという疑問がスタートでした。(下図1参照)
食事のおいしさとは、甘味、塩味、酸味、苦味、そしてうま味という5つの基本味に加え、視覚や聴覚、食感、料理が適温であることなどが組み合わさって生まれるものです。さて、このうま味について少しお話しします。旧東京帝国大学(現東京大学)の池田菊苗博士は、昆布だしの主要な味の成分がグルタミン酸塩であることを発見し、その味を「うま味」と命名しました。1908年のことです。その後、池田博士に続いて、イノシン酸、グアニル酸を日本人の科学者が発見しました。日本のだし文化があってこその功績といえるでしょう。
グルタミン酸は消化管のエネルギー源
グルタミン酸は、昆布やチーズ、野菜など多種の食品に含まれています。また驚くことに、母乳中では極めて高濃度のグルタミン酸が存在しています。赤ちゃんに薄いグルタミン酸溶液を与えると、とても穏やかな表情になります。赤ちゃんもうま味を認識していると考えられます。
グルタミン酸の機能はうま味成分であるにとどまらず、消化管のエネルギー源としても重要です。消化管側からのエネルギー供給の35%にグルタミン酸が寄与しており、これはグルコースの6%を大きく上回ります。(下図2参照)
グルタミン酸が消化機能を亢進させる
さらにグルタミン酸は消化管の機能を亢進させることも知られています。それは、味蕾(みらい)や唾液分泌の刺激といった口腔内での作用のみではありません。研究の結果、胃にもグルタミン酸の受容体が存在しており、グルタミン酸によって刺激を受けると、胃排出が促進されることが確認されています。
この機能性を臨床へ応用する試みも進められています。私たちは2000年代後半に、高齢患者さんの病院給食には一般的な食事の半分程度しかグルタミン酸が含まれておらず、粥ミキサー食になるとさらにその半分程度に減少しているという実態を報告しました。(下図3参照)
そしてグルタミン酸を添加することで患者さんの食思が回復し、それに加えて表情や嚥下力、姿勢、快活さも改善することを、二重盲検法で確認し報告しています。
グルタミン酸を活用した褥瘡への栄養介入
グルタミン酸を用いた栄養介入へのニーズは、看護領域からも高まりをみせています。例えば褥瘡のケアです。
私も以前、入院患者さんの下肢の褥瘡について医師から相談を受けたことがありました。看護師が毎日足浴をするなど手を打ってはいるものの、好転しないとのこと。そこで前述のグルタミン酸が腸管のエネルギー源になるという知見を参考に、グルタミン酸が中核温度や末梢温度を上げてくれる可能性に期待して、食事へのグルタミン酸添加を提案し介入を行いました。1年ほど要しましたが、中核温度や末梢温度が徐々に上昇し、難治だった褥瘡が見事に治癒したという症例を経験しました。
うま味成分としての役割
さて、古くからうま味成分として知られるグルタミン酸ですが、現在もなお新たなエビデンスが報告され続けています。私が現在勤務している九州女子大の学生(平均年齢21.8歳)および病院勤務の管理栄養士(同34.3歳)を対象に、減塩食にグルタミン酸を添加する場合としない場合とで、味覚や食思にどのような違いが生じるかを、二重盲検法で検討しました。
その結果、学生、管理栄養士のいずれも、グルタミン酸を添加した食事のほうを「好む」とする回答が多く、喫食量もグルタミン酸添加食のほうが有意に多いというデータが得られました。
グルタミン酸の至適濃度はどのくらいか?
グルタミン酸の至適濃度はどのくらいか? また西南女学院大学との共同研究で、女子大生と高齢者施設に居住する高齢女性を対象として、同様の検討を行ったこともあります。その研究では、グルタミン酸を添加する料理は添加量を0.25%と0.5%の2パターン用意し、添加しないものと併せて合計3パターンで比較しました。
結論は1~4にまとめたとおりです。要約すると、女子大生、高齢女性ともに、グルタミン酸0.5%が好まれるということです。なお、グルタミン酸を0.5%ではなく、より多く添加すればさらにおいしくなるのではないかとのご質問をいただくことがありますが、0.5%を上回ると、むしろ味が落ちることが知られています。
いまコロナ禍で人々の楽しみが減り、食事をおいしくいただくことの重要性が改めて注目されています。こうした中、グルタミン酸の特徴を生かして、消化管のエネルギー消費と消化機能を助けながら、食生活を楽しんでいただければと思います。私自身、今後も「おいしく健康に食べる研究」を続けていきたいと考えています(表1)。
- グルタミン酸添加により、中高年および青年両郡において料理の種類によって「おいしさ」が増し、「おいしい」と選択された料理は世代間によって差異が見られた。
- 中高年女性では好ましいものとして選択した理由に「コク」をあげる傾向が強く、青年女性では選択理由が分かれていた。中高年女性と青年女性に「おいしい」と判断する基準に違いが見られた。また、好ましいものとして選択した理由として甘味があげられた料理は中高年女性・青年女性ともにグルタミン酸添加による嗜好性の向上は見られなかった。
- 中高年女性・青年女性共に料理へのグルタミン酸添加量は0.5%が好まれており、さらに無添加料理が好ましいものとして選択された料理は皆無であったことから、グルタミン酸の有用性が示唆された。
- 40.5%添加において有意においしいと感じるグルタミン酸量には世代間にはばらつきがあった。料理のおいしさに関与しているのはグルタミン酸の適度な含有料であることが示唆された。