セミナーレポート

日本人にとっての「健康的な食」を、科学する ―栄養疫学のエビデンスを、商品・食環境・実践へ―

第1回 「健康的な食」を、何で測る? 日本人に合う科学的基準を考える

津金 昌一郎 先生(国際医療福祉大学大学院 医学研究科医学専攻・公衆衛生学専攻/「食・栄養と健康」社会連携講座 教授)
※この記事の内容は公開当時の情報です

日本人にとっての「健康的な食」を、科学する ―栄養疫学のエビデンスを、商品・食環境・実践へ― 第1回「健康的な食」を、何で測る? 日本人に合う科学的基準を考える

国際医療福祉大学大学院は、味の素株式会社、株式会社 明治の出資により、「食・栄養と健康」社会連携講座を開設しました。日本の食文化と健康課題を踏まえ、「日本人にとっての健康的な食」を科学的に明らかにし、その成果を社会へ届けることを目指す講座です。

連携する両社は、すでにそれぞれ独自の栄養プロファイリングシステム(Nutrient Profiling System:NPS)を開発し、商品の栄養価値向上や情報提供などに活用しています。では、日本人にとっての「健康的な食」を明らかにし、その成果を商品や情報提供、食環境へつなげるためには、どのような科学的根拠が必要なのでしょうか。

長年にわたり、日本人を対象に、食事や生活習慣とその後の疾病・死亡との関係を長期的に追跡する大規模コホート研究と、エビデンスに基づく疾病予防に取り組んできた津金昌一郎先生に、講座を立ち上げた背景、研究によって明らかにしたいこと、大学・食品企業・管理栄養士等が担う役割について伺いました。本稿は、全3回シリーズの第1回です。
話し手:津金 昌一郎 先生(国際医療福祉大学大学院 医学研究科医学専攻・公衆衛生学専攻 /「食・栄養と健康」社会連携講座 教授) Profile ▶
インタビュー開催日:2026年8月10日

日本人にとって「健康的な食」とは、どのようなものなのでしょうか。世界では、食品や食事を一定の基準で評価し、商品改良や表示、健康政策、消費者の選択などに活用する動きが広がっています。しかし、欧米と日本では、健康課題も食文化も異なります。欧米で構築された評価の考え方を、そのまま日本に当てはめてしまうことがよいとは限りません。

味の素と明治も、日本の栄養課題や食生活を踏まえ、食品や食事の栄養価値を評価する独自の仕組みを開発・運用しています。「食・栄養と健康」社会連携講座は、こうした企業の取り組みも踏まえながら、日本人の食事と疾病の発症・死亡や健康寿命との関係を検証し、日本人にとっての「健康的な食」を支える科学的根拠を整えることを研究の目的としています。

世界で進む「健康的な食」の社会実装

――はじめに、「健康的な食」を科学的に評価し、その成果を社会へ実装しようとする動きが広がっている背景を教えてください

津金先生 世界では今、「健康的で持続可能な食」を社会実装しようという動きが進んでいます。その背景には、肥満や虚血性心疾患などにより、多くの人が寿命を全うせず亡くなっているという問題があります。

津金 昌一郎 先生
津金 昌一郎 先生

その対策として、人々の食生活を改善するとともに、健康的な食品を提案し、それを選びやすい環境に整えることが求められています。その手段の一つとして、食品の栄養価値を一定の基準で評価する栄養プロファイリングシステム(NPS)が、政策や商品開発、食品表示などに活用されるようになっています。

それ自体は大切なことです。ただし、その基になっているのは、主として欧米の健康課題と食文化の中で蓄積されたエビデンスです。それを、そのまま日本人に導入してよいのか。私も疑問を感じていましたし、食品企業の皆さんにも同じ問題意識がありました。

編集部解説 「味の素と明治が取り組むNPS」

NPSは、食品に含まれる栄養成分などを一定の算式で評価し、栄養面での特徴や課題を可視化する仕組みです。世界には数多くのNPSがあり、評価する栄養素、基準、用途は一様ではありません。
味の素グループは、独自の「ANPS(The Ajinomoto Group Nutrient Profiling System)」を開発しています。製品を評価する仕組みに加え、日本の食文化や健康課題を踏まえ、製品(ANPS-Product)、料理一品(ANPS-Dish)、一食(ANPS-Meal)、さらに一日全体(ANPS-Day)へと評価対象を広げています。

明治は、日本の栄養摂取実態を考慮した「Meiji NPS」を策定しています。一般成人向けに加え、高齢者のフレイル予防向けの評価法を設け、商品の栄養価値向上や、適度な喫食量・喫食頻度などの情報提供への活用を進めています。

フレイル:加齢に伴って心身の機能が低下し、要介護状態に移行しやすくなった状態

欧米と日本では、健康課題も食文化も違う

――欧米で構築された評価の考え方を、日本へ適用する際には、どのような点に注意が必要なのでしょうか

津金先生 一つは、欧米と日本では健康課題が違うということ。もう一つは、食文化が違うということです。日本は欧米諸国と比べて肥満が少なく、虚血性心疾患の死亡率も低い。食生活はすでに植物性食品が中心で、魚をよく食べます。食事のときに砂糖入り飲料を飲む習慣も欧米ほど一般的ではなく、緑茶など砂糖の入っていない飲み物を摂っています。

欧米の健康課題と食文化に基づく「健康的な食」を、そのまま日本で社会実装すれば、大きな間違いが起こる可能性があります。例えば、肥満が大きな健康課題である社会では、エネルギーが多い食品を低く評価することには一定の合理性があります。しかし、日本では若い女性の「やせ」や、高齢者の低栄養も問題になっています。太っている人には減量が必要でも、国民全体を一律に低エネルギーの方向へ導いてよいわけではありません。

評価軸を間違えれば、社会全体に影響する

――食品や食事を健康の観点から評価する指標は、なぜ慎重に検証する必要があるのでしょうか

津金先生 こうした評価指標は、政策や商品開発、生活者の選択にも影響します。最初の「何が健康的か」という判断を間違えたまま広く社会実装すると、社会全体を誤った方向へ導く可能性があります。

食べ物は、健康だけでなく、楽しみや文化を含めたウェルビーイングの根幹です。科学的な根拠が十分でないのに、「これは食べてはいけない」「こちらを食べるべきだ」と一律に示すべきではありません。だからこそ、社会実装する前に、何が正しいのかをできる限り確かめる必要があります。

「日本食は健康的」というイメージだけでは足りない

――日本は世界有数の長寿国です。日本食は健康的だというイメージもあります。それでも、新たな研究が必要なのでしょうか

津金先生 日本人がどうすれば健康になるのかを示す疫学研究のデータは、十分とはいえません。日本は、食生活を主な原因として肥満や虚血性心疾患で多くの命が失われるという状況が欧米ほど顕著ではなかったため、食と健康の研究に十分な資金や人材を投入してこなかった面があります。

例えば地中海食には非常に多くのエビデンスがありますが、日本食については、健康との関係を科学的に十分説明できていません。「日本食」という文化的なイメージはあっても、何が健康に寄与し、何を改善すべきなのかが体系的に整理されていないのです。研究を進めるとともに、それを担う人材を育てなければならない。それが、この講座を立ち上げた理由です。

編集部解説 「既存の取り組みを、科学的根拠から発展させる」

味の素と明治が培ってきたNPSは、すでに商品や食事の栄養価値を見直し、生活者へ情報を届けるための実践的な仕組みとして動き始めています。

一方、NPSで用いる評価項目や基準値が、日本人の長期的な健康とどのように結びついているのかについては、なお検証すべき課題が残ります。社会連携講座が整えようとしているのは、個別企業の評価ロジックそのものではなく、その前提として共有できる、日本人の食と健康に関する学術的な基盤です。

大学で整理・検証された研究成果は、将来的に、企業が既存NPSの妥当性を検討し、商品開発や情報提供をより良いものへ発展させる際の土台となり得ます。既存の実装経験と、大学の栄養疫学研究をつなぐことに、この産学連携の意義があります。

第1回まとめ

日本人に適した評価の基盤をつくるには、食事と疾病・死亡との関係を長期的に検証する栄養疫学研究が欠かせません。第2回では、その根拠をどのような研究によって明らかにするのか、津金先生が長年積み重ねてきた研究とともに伺います。

【第2回】はこちら

※本稿は2026年8月10日に行ったインタビューを基に、講座公式サイト、各社の公表資料、津金先生の公表済み論考等を参照してまとめました。

Profile

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津金 昌一郎(つがね しょういちろう)先生
国際医療福祉大学大学院 医学研究科医学専攻・公衆衛生学専攻/「食・栄養と健康」社会連携講座 教授

1981年 慶應義塾大学医学部卒業、同大学院医学研究科において公衆衛生学を専攻。同大学医学部助手を経て、1986年 国立がんセンター(現・国立がん研究センター)に入所し、同・社会と健康研究センター長などを歴任。その後、2021年より国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所にて、理事兼国立健康・栄養研究所長を経て、2023年より現職。