セミナーレポート

第83回 日本公衆衛生学会総会 セミナーレポート

産業保健と地域保健の連携による職域の減塩の推進 
~ポピュレーションアプローチとしての食環境整備~ 
【後編】

武見 ゆかり 先生(女子栄養大学 副学長・教授)
※この記事の内容は公開当時の情報です

産業保健と地域保健の連携による職域の減塩の推進 ~ポピュレーションアプローチとしての食環境整備~

世界の健康課題とも言える減塩。とくに日本人は食塩摂取量が多いにもかかわらず、ここ10年ほどは10g弱で推移していて下げ止まり状態にあります。一方、2024年からスタートした「健康日本21(第三次)」に掲げられている食塩摂取量の国民平均の目標は7g。平均で約3gの減塩を達成するために、従来にない手法が求められています。食品・栄養関連の政策立案に深く関わっている武見ゆかり先生に、これからの日本の減塩対策の方向性について、成功事例の紹介とともに語っていただきました。

このシリーズは全2回でお届けいたします。

演者:武見 ゆかり 先生(女子栄養大学 副学長・教授) Profile ▶
演題:産業保健と地域保健の連携による職域の減塩の推進~ポピュレーションアプローチとしての食環境整備~
座長:上田 陽一 先生(産業医科大学 学長) Profile ▶
初出:第83回 日本公衆衛生学会総会
開催日・場所:2024年10月30日/北海道札幌市

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スマートミール弁当で社員の食塩摂取量が有意に減少

それでは一つ目の事例を紹介します。この事例は、埼玉県内の中規模企業の取り組みです。社員食堂がないため、職場単位で弁当を注文する仕組みがありました。その弁当を、「スマートミール」に対応した内容に変えていただきました。

スマートミールについてはご存じの方もいらっしゃると思いますが、栄養や公衆衛生、生活習慣病関連の12学会が参画して健康的な外食や中食を提供する事業者を認証する制度です9)。主食・主菜・副菜がそろっていて、エネルギー量や食塩含有量が適切であることなどが認証の条件です。2018年にスタートし、既に500以上の事業者が認証されています。

この事例では、「食物へのアクセス」の改善として、認証を受けた弁当宅配業者さんの協力を得て、スマートミール対応タイプの弁当(スマミル弁当)を選択できるようにしました。従業員の方がスマミル弁当を注文した場合、健康経営の推進の一環として、1食につき100円を会社が補助し、450円の弁当が350円で食べられます。もちろん選択は自由意志によります。それとともに「情報へのアクセス」の改善として、月に1回、10分間のミニ講話を全従業員向けの会議で実施し、減塩に関する情報を提供しました。

結果を図3にお示しします10)図3の対照群は、同地域の同規模の別の企業の従業員です。スマミル弁当を導入し、ミニ講話を行った介入群では、食塩摂取量や尿ナトリウム/カリウム比(尿Na/K比)が対照群より有意に低下したことがわかります。

開始前と比較した1年後の「減塩」効果(複数回の随時尿による)

図3 開始前と比較した1年後の「減塩」効果(複数回の随時尿による)

この介入効果には、「情報へのアクセス」の改善も影響した可能性もあります。そこで次に、介入群の中で実際に週1回以上スマミル弁当を利用していた人とそうでない人で比較しました。すると、介入前後の変動幅は非有意ながら、スマートミールを選択していた人でのみ、食塩摂取量や尿Na/K比が低下していました。この結果は、「食物へのアクセス」の改善効果を示すとともに、「情報へのアクセス」の取り組みだけでは効果が乏しいことを示唆するものと言えます。

社員食堂のメニュー変更で社員の血圧が有意に低下

二つ目の事例は社員食堂がある事業所です。企業内の産業保健の取り組みに、保健所も関わり地域保健と連携した事例です。

この事業所のある埼玉県川越市では、保健所が市の健康づくりとして高血圧予防に力を入れていました。そこで、以前から保健所とつながりのあった私どもも加わり、食環境の改善でどこまで従業員全体の食塩摂取量を低減できるのかを検証しようということになりました。社員食堂のメニューを変えるとなると、給食受託企業の協力が必要なことはもちろん、労働者組合の同意を得る必要もあります。計画から評価まで3年をかけました。

メニュー別に食塩相当量の変化をみますと、どれも減少しましたが、とくにカレーは7g以上あったものが3g以下へと、給食受託企業の料理長の工夫でおいしく半減させることができました。これと併せて、食卓に減塩と血圧の関連を記した健康メモを置くなどの情報提供も行いました。

その結果、社員の食塩摂取量が有意に減り、かつ、収縮期血圧が有意に低下するという変化が認められました(図411)。事前の頻回な打ち合わせと、給食受託企業の協力など、多くの緻密なプロセスと熱意によって実現したこの事例は、産業保健と地域保健の連携による職域の減塩の推進が、高血圧予防というアウトカム改善につながった好事例と言って良いかと思います。

収縮期血圧の変化(2019-2021)

図4 収縮期血圧の変化(2019-2021)

なぜ食品の質そのものの改善が重要なのか

最後に、なぜ食事や食品の質そのものの改善が重要なのかということをお話しします。

例として、妊娠する可能性のある女性に対する、胎児の二分脊椎予防のために葉酸摂取量を高める海外の取り組みを紹介します。海外では多くの国で加工食品中に葉酸を添加しています。仮にこの取り組みを情報提供のみで行ったとしたらどうでしょうか。

まず、その情報を「目にする人/しない人」に分かれました。次に、情報を目にしたとしてもそれを「読む人/読まない人」に分かれ、以下、読んで「理解する人/しない人」、理解して商品を「購入する人/しない人」と別れていき、結局、行動変容が期待できるのはごく限られた一部の人のみでした。一方、食品中に葉酸が添加されていれば、それを購入した人は全員、自然に葉酸摂取が増加します。

情報は、その情報に関心のある人により届きやすいという特性があり、健康関連情報も本当に改善が必要な人でも、その人の関心が薄い場合には届きにくいものです。ですから、情報提供だけのポピュレーションアプローチでは、関心の高い人はさらに良くなりますが、関心の薄い人は変わらないままとなり、かえって健康格差を拡大する可能性も否定できません。

日本にとって重大な健康課題である減塩をもう一歩推し進めるには、やはり、人々がふだん家庭外で食べる外食や総菜・弁当、加工食品などの食品それ自体を少しずつ減塩するというアプローチが、社会全体として重要なのではないかと考えます。

質疑応答

上田 陽一 先生(座長) ありがとうございました。減塩の意義と「健康日本21」などの施策の総括、そしてたいへんインプレッシブな実証研究の成果を2件紹介いただき、食品そのものを減塩にする重要性をお示しいただきました。実証研究はたいへんご苦労があったと思いますが、いかがでしょうか?

武見 ゆかり 先生 ポイントは、やはり現場の保健師、管理栄養士などのスタッフの頑張り、そしてなにより企業のトップの姿勢ですね。経営者の本気度だと思います。その点では、ご紹介した二つの事例はどちらも協力的で幸運でした。

また、弁当事業者や給食受託の企業の選定も非常に重要です。今回お話しした最初の事例も、実は本来の配達エリアから外れていたのですが、企画趣旨をお伝えしたところ「そういうことならば」と前向きに対応いただけました。しかし、協力を得られる弁当・給食受託企業探しは、ハードルが高いことは否めません。地域にそうした企業や事業者を増やしていくことも、われわれ公衆衛生および栄養の専門家に課せられた課題だと考えています。

このシリーズは全2回でお届けいたします。

参考文献

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Profile

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座 長

上田 陽一(うえた よういち)先生
產業医科大学 学長

医学博士。産業医科大学医学部医学科卒業後、産業医科大学・産業医学基礎研究医員、英国Babraham研究所(Cambridge)訪問研究員、英国Bristol大学医学部内科学教室Dorothy Hodgkin Lab研究員、産業医科大学医学部第1生理学・教授・副学長などを経て、2023年より現職。専門分野は生理学、神経内分泌学、内分泌学。第101回日本生理学会大会2024 大会長、日本内分泌学会理事、日本病態生理学会理事長、国際行動神経科学学会Fellow、北米神経科学学会他。
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演 者

武見 ゆかり(たけみ ゆかり)先生
女子栄養大学 副学長・教授

慶應義塾大学文学部卒業。女子栄養大学大学院修了。2005年度より女子栄養大学教授、2023年度より副学長。厚生労働省厚生科学審議会委員、農林水産省食育推進会議委員として国の健康・栄養政策に関与。日本健康教育学会理事長、日本高血圧学会減塩・栄養委員会副委員長、一般社団法人健康な食事・食環境コンソーシアム代表理事。厚生労働省の「健康で持続可能な食環境戦略イニシアチブ」有識者委員。