Workforce Nutrition:産業医学と生理学の接点を探る
職域における循環器疾患発症低減に向けた取り組みと減塩推進
演題:職域における循環器疾患発症低減に向けた取り組みと減塩推進
座長:上田 陽一 先生(産業医科大学 学長)
初出:第101回 日本生理学会大会
開催日・場所:2024年3月29日/北九州国際会議場
このシリーズは全2回でお届けいたします。第2回の本稿は、宮﨑洋介先生にお話しいただきました。
日本における労働者の健康
本日は産業医の立場から、職域における循環器疾患発症の低減と減塩について考えてみたいと思います。
まず、国内の労働者の健康という視点でみますと、生産年齢人口の高齢化が進行し、高血圧をはじめとした疾患を有する労働者が増加している現状があります。厚生労働省の資料によると、一般定期健康診断での有所見者率は2022年度に58.3%と6割近くに達していて、血圧の有所見は18.2%と2割近くです(図1)1)。もちろんこれは高齢化だけでなく、生活習慣の変化の影響もあると考えられます。
このような状況に対して我々産業医は、健診の結果を基に各従業員が安全で健康に働けるかを判断し、会社へ就業に関する意見を伝えたり、従業員に対して保健指導や受診勧奨をしたりします。残業や夜勤、海外出張などの就業を制限や、時には休業、いわゆるドクターストップの必要性を会社に意見することもあります。本人はキャリアアップや収入のために働きたいという意思をお持ちでも、健康の確保のために勤務を制限しなければならないということです。
他方、企業としては、従業員の健康保持・増進ももちろん大切ですが、循環器疾患等の労働災害(労災)を発生させないことも重要です。例えば、長時間労働や過重な業務などは、睡眠や生活の犠牲、ストレス、交感神経緊張などを介して血圧を上昇させ、結果的に脳心血管疾患発症を増加させることが医学的に想定されますが、このように脳心血管疾患発症に業務起因性・業務遂行性が認められると労働基準監督署が国の労災認定基準に則って判断した場合、労災認定に至ります(図2)2)。ちなみに2022年度には全国で803件の脳・心臓疾患関連の労災申請があり、それ以前の申請も含めて2022年度中に194件が認定されています3)。
従業員の健康は企業の資産
近年、「健康経営」への関心が高まっています。健康経営とは従業員の健康管理を経営的視点で考えて戦略的に実践することであり、健康管理を「投資」として捉えられています。従来、企業にとって従業員の健康管理は「コスト」と考えられることが一般的でした。しかし、従業員の健康を維持し得る環境整備が、組織の活性化、生産性の向上、人材の確保などのために重要であると捉えられるようになってきたことが、健康経営に対する注目に繋がっていると言えます。
不健康より健康であったほうがポジティブに仕事に取り組めるということは当然であるにもかかわらず、最近までそれが重視されていなかったのが実態といえるでしょう。今、ようやく変化の追い風が吹いているように感じます。
安川電機における取り組み
さて、ここまでは日本の全体的な話でしたが、ここからは当社、株式会社安川電機での取り組みを紹介したいと思います。
当社は1915年創業で、サーボモータやインバータ、産業用ロボットの製造を手掛けています。ここ北九州に本社があり、従業員数は連結で約1万3,000人です。最近は少しずつ女性エンジニアが増え始めているものの、男性が非常に多い職場です。健康への関心は従業員によってばらつきがあるようにも感じており、産業医としては、従業員のヘルスリテラシーの底上げにどう取り組んでいくかも課題の一つです。また、既報研究で示されている疾患リスク抑制のエビデンスを職域という枠の中で社会実装する取り組みが産業保健のひとつの形だと思いますが、同じ会社であっても職種や職場環境、働き方などは様々であり、個々の事情に応じた対応が求められます。そのため、正解のない世界で判断を迫られることが多いのも事実です。
当社ではこのような課題に一つひとつ丁寧に向き合いながら、毎年全社安全衛生方針を定め、健康づくりを推進しています。2024年度の方針では、ハイリスクアプローチとして対象者への保健指導実施率を100%にすることを重点目標として掲げ、その中で減塩指導といった個別アプローチの実施を検討しています。ただし、健康保険組合が実施する特定保健指導は40歳未満や一定基準を満たさない人は対象とされないという問題があります。そこで、健診結果をもとに40歳以下の従業員に対して会社独自で保健指導を実施したり、全従業員を対象にEラーニングを用いた健康教育などを実施したりして、自律的に健康増進に取り組む従業員を増やすための活動を推進していきます。
職場での減塩対策
また、昨年度から新入社員研修での健康教育の中に栄養に関する内容を盛り込むようにしました。これは、学生時代に身についた乱れた食習慣のまま中高年になっている従業員が少なくないという実態への対策として始めたものです。
そのほか、本社などの大きな事業所には社員食堂がありますので、減塩メニューを採り入れたり、社内イントラネットにより献立のエネルギー量や塩分量などを伝えたりといった取り組みをしています(図3)。現時点の課題の一つは、社員食堂のない事業所の従業員の食習慣であり、これに対するアプローチの方法を模索しているところです。
参考文献
- 1)厚生労働省「業務上疾病発生状況等調査(令和4年)」 詳細はこちら ▶
- 2)平成20年厚生労働科学研究・労働安全衛生総合研究事業報告書(一部改変)
- 3)厚生労働省「令和4年度 過労死等の労災補償状況」
このシリーズは全2回でお届けいたします。第2回の本稿は、宮﨑洋介先生にお話しいただきました。
Profile
宮﨑 洋介(みやざき ようすけ)先生
株式会社 安川電機 統括産業医