セミナーレポート

第101回 日本生理学会大会

Workforce Nutrition:産業医学と生理学の接点を探る 
生理学的視点で考える食塩摂取量の評価法と職域での減塩指導への応用

土橋 卓也 先生(社会医療法人製鉄記念八幡病院 理事長)
2024年08月08日
※この記事の内容は公開当時の情報です

Workforce Nutrition 産業医学と生理学の接点を探る 生理学的視点で考える食塩摂取量の評価法と職域での減塩指導への応用

労働者が疾病に罹患すると、患者さん本人はもちろんのこと、ご家族や所属企業への影響も少なくありません。とくに心血管イベントが発生した場合、その後の生活や就労に大きな障害が生ずることもあることから、イベント発生前段階での危険因子の管理が重要であり、中でも患者数が多い高血圧の予防と治療が重要です。本セミナーでは、職域における血圧管理とそのための減塩の推進について、お二人の先生にご講演いただきました。
演者:土橋 卓也 先生(社会医療法人 製鉄記念八幡病院 理事長) Profile ▶
演題:生理学的視点で考える食塩摂取量の評価法と職域での減塩指導への応用
座長:上田 陽一 先生(産業医科大学 学長)
初出:第101回 日本生理学会大会
開催日・場所:2024年3月29日/北九州国際会議場

このシリーズは全2回でお届けいたします。第1回の本稿は、土橋卓也先生にお話しいただきました。

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健康寿命延伸の鍵は血圧管理

日本は世界に誇る長寿国ですが健康寿命と平均寿命 の差があり、例えば北九州市の統計では、男性8.5年、 女性12.4年の乖離がみられます(図1)1)。この乖離が生ずる原因は何かといいますと、大半は脳卒中と認知症です2)。そして脳卒中の主要な危険因子は高血圧であり、高血圧の予防・治療が健康寿命の延伸に必須と言えます。

平均寿命と健康寿命の差(北九州市)

図1 平均寿命と健康寿命の差(北九州市)

国内の高血圧患者数は4,300万人とされていますが、その3分の1はそもそも自分が高血圧であることに気付いておらず、また治療を受けている患者さんもその半数は、十分に管理されていない実態が報告されています3)。治療が不十分な患者さんが少なくない理由の一つとして、多くの方が「なるべく薬を飲みたくない」と感じているという実態があるようです。私は自院のYouTubeチャンネルに高血圧関連の動画を公開しているのですが、その中の「薬と上手に付き合う」は再生回数が3.3万回、それに対して「薬を使わずに血圧を下げる」は26万回であり、圧倒的に「薬を使わない」方法を望まれている方が多いことがわかります3-4)

高血圧治療の基本は減塩

では、薬を飲まずにどうやって血圧を下げるか?日本高血圧学会のガイドラインには、減塩、野菜・果物の摂取、体重管理、運動、節酒、禁煙という6項目が掲げられています5)。減塩はとくに重要です。

しかし、日本人の食塩摂取量はここ10年ほどほぼ横ばいで下げ止まりしています(図2)6)

日本人の食塩摂取量の推移

図2 日本人の食塩摂取量の推移

減塩が困難な理由の一因として、高血圧予防の国際共同研究「INTERMAP研究」からは、加工食品が食塩摂取源の多くを占めていて、家庭での調理で調味料を減らすなどの対策が必ずしも効果的でないことが示唆されています7)

食塩摂取量を可視化する

実効性のある栄養指導には、まず食塩摂取量を可視化する必要があります。表1にその方法をまとめました8)。私は上段の「食事内容の評価」を“入口調査”、下段の尿ナトリウム(Na)排泄量の測定を“出口調査”と呼んでいます。尿中に排泄されるNaは摂取量の8〜9割で、残りは汗や便中に排泄されます。

表1 食塩摂取量の評価法(食塩摂取の可視化)

食塩摂取量の評価法(食塩摂取の可視化)

尿Na排泄量については、正確さを求めるなら24時間蓄尿、実用性を重視するなら随時尿を用いますが、後者は採尿のタイミングの影響が大きく、過小・過大評価も生じやすいことが知られています。国際高血圧学会は、随時尿による食塩摂取量の推計値は信頼度が低いため、予後との関連などの調査では使用すべきでないとしています9)

そこで我々は、13項目の質問から過去1カ月間の塩分摂取量を推測する「塩分チェックシート」というものを作成しました10-11)。精度検証済みであり、血糖管理におけるHbA1cのような感覚で活用できると考えています(図3)。

塩分チェックシート(塩分摂取習慣13項目) 画像をクリックすると、製鉄記念八幡病院の「塩分チェックシート」のページに遷移します

図3 塩分チェックシート(塩分摂取習慣13項目)

カリウムを増やす

一方、Naの排泄を促すカリウム(K)の摂取を増やすことも重要です。Kの豊富な食品のうち、果物は糖質があり、魚や野菜は食べるまでに塩や醤油を使うことが多いため、お茶やコーヒー、牛乳を増やすほうが有効かもしれません。

近年、尿中Na/K比の有用性が注目され、心血管イベントリスクとの相関も報告されています12)。日本高血圧学会は、厚生労働省の委託を受けて、全国の自治体や職域で減塩推進の実証事業を実施しましたが、そこでもNa/K比を指標として用いています。介入を行うと、1カ月後には、Na/K比が下がるものの1年後には元に戻っていることが多く、やはり継続的な介入が必要なようです。自治体では介入機会が特定健診ぐらいに限られますが、職域であればよりこまめな介入も可能ではないかと期待しているところです。

JHS 減塩東京宣言

日本高血圧学会では2019年に「JHS減塩東京宣言」を打ち出し、1日6gの達成を強力に推進しています。その一貫として、おいしい減塩食品の認定なども行っています。また、厚労省の「健康的で持続可能な食環境戦略イニシアチブ」事業にも学会として参画しています。いずれも、本日のセミナーのスポンサーである味の素株式会社にも協力いただいています。

人々の減塩の意図の有無にかかわらず、自然に減塩が達成される環境づくりが今、少しずつ始動しています。

参考文献

  • 1)北九州市「健康づくり及び食育に関する実態調査」
  • 2)厚生労働省「2022年国民生活基礎調査」
  • 3)「高血圧のくすりと上手に付き合う」製鉄記念八幡病院 公式YouTubeチャンネル 詳細はこちら ▶
  • 4)「お薬を使わずに血圧を下げるには?」製鉄記念八幡病院 公式YouTubeチャンネル 詳細はこちら ▶
  • 5)日本高血圧学会「高血圧治療ガイドライン2019」
  • 6)厚生労働省「令和元年 国民健康・栄養調査の概要」
  • 7)J Am Diet Assoc. 2010 May; 110(5): 736-45
  • 8)日本高血圧学会減塩委員会報告書(2012)
  • 9)J Hypertens. 2023 May 1;41(5):683-6
  • 10)血圧. 2013;20:1239-43
  • 11)Hypertens Res. 2016 Dec; 39(12): 879-85
  • 12)N Engl J Med. 2022 Jan; 386(3): 252-63.

このシリーズは全2回でお届けいたします。第1回の本稿は、土橋卓也先生にお話しいただきました。

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土橋 卓也(つちはし たくや)先生
社会医療法人製鉄記念八幡病院 理事長

医学博士。九州大学医学部卒業後、同大学第二内科入局、米国クリーブランドクリニッ ク研究員、九州大学医学部附属病院総合診療部講師・助教授、国立病院機構 九州医療 センター内科医長(高血圧内科)などを経て、2014 年社会医療法人製鉄記念八幡病 院 副院長・高血圧センター長、2015 年同病院理事長・病院長に就任。2021 年より理 事長 ( 専従 ) となり現在に至る。日本高血圧協会(副理事長)、日本高血圧学会(名誉 会員、専門医)、日本痛風・尿酸核酸学会(理事、専門医)など歴任。