セミナーレポート

第34回 日本疫学会学術総会ランチョンセミナー

健康的で持続可能な食環境の整備について考える 
減塩と疾病負荷:持続的食環境のためのコミットメントとステークホルダーの役割

野村 周平 先生(慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室 特任准教授)
2024年04月30日
※この記事の内容は公開当時の情報です

健康的で持続可能な食環境の整備について考える 減塩と疾病負荷: 持続的食環境のためのコミットメントとステークホルダーの役割

古くから日本人の健康問題の重要なテーマであり続けている「減塩」。さまざまな対策がとられているにもかかわらず、人々の塩分摂取量は下げ止まりしています。日本人の減塩をさらに推し進めるには、これまでにない新たな視座が必要とされているのかもしれません。
そこで本ランチョンセミナーでは「塩」に関する膨大な疫学研究の知見を社会に反映させるため、どのような施策が考えられるのか、誰が何をすべきなのかを、お二人の先生に語っていただきました。ポイントは、減塩を持続可能な食環境の創生にあるようです。
演者:野村 周平 先生(慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室 特任准教授) Profile ▶
演題:減塩と疾病負荷:持続的食環境のためのコミットメントとステークホルダーの役割
座長:岡村 智教 先生(慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学 教授)
初出:第34回 日本疫学会学術総会ランチョンセミナー
開催日・場所:2024年2月1日/びわ湖大津プリンスホテル

このシリーズは全2回でお届けいたします。第2回の本稿は、野村周平 先生にお話しいただきました。

PDFダウンロード

世界の疾病負荷と日本の減塩対策

最初に私が科学評議会議員として参画している世界の疾病負荷研究(Global Burden of Disease;GBD)のデータを紹介いたします。GBDは既に30年ほどの歴史があり、よく知られているところでは、国ごとの障害調整生存年(DALYs)のランキングを『The Lancet』に随時発表し、世界の健康課題解決のためのデータを提供しています。

DALYsの2019年のデータを見ると、全世界では新生児障害が最も大きな健康損失の原因となっていることがわかります(図11)。より詳しくは、早産による合併症や低出生体重など、主として母体の低栄養が関与した病態が世界のDALYsの第1位ということです。また、2位と3位は循環器系の疾患であり、8位の糖尿病とともに、食と栄養の関連する疾患が、世界の人々の健康にダメージを及ぼしている実態が見てとれます。また日本では加齢に伴い増加する疾患とともに、食と栄養の関連する疾患の多さが目立ちます。

世界の疾病負荷研究(GBD)に見るDALYsランキング、変化率は2000年との比較

次に、DALYsのリスク因子に着目すると、世界的には低栄養が1位で5位に不健康な食事が入り、日本では1位はタバコですが不健康な食事が3位にランク入りしています(図21)。「低栄養」の内容を細かく見ると、低出生体重や早産、ビタミンA欠乏症など9の因子が含まれ、「不健康な食事」には15ほどの因子が含まれているのですが、それらの中で日本ではやはり、高食塩が一番の課題として掲げられています。

DALYsのリスク因子ランキング、2019年

うま味を活用した減塩のインパクト

このような高食塩への対策の一つの可能性として、少し前に発表した研究結果をここで紹介します2-4)。その研究では、社会に流通している食塩の「塩味」を、おいしさを損なわない程度に「うま味」に置き換えた場合、人々のナトリウム摂取量を日本では最大で20%以上抑制できる可能性があると推計され、英国や米国もほぼ同様だろうと推計されました。すべて論文化しているので、ご興味のある方はご覧ください。

世界栄養報告に見る、食と栄養の課題

さて、次に世界栄養報告(Global Nutrition Report;GNR)の話をいたします。GNRのメンバーとして私が参画後の2021年に、2025年までに解決すべき世界の栄養に関する課題の進捗状況を評価した報告書を公表しています。

結果は、母子栄養関連の6件の目標は母乳育児を除く5件は達成困難、食と非感染性疾患(NCDs)関連の7件の目標はすべて達成困難であり、とくに高食塩と肥満に関しては、加盟している194カ国の中でポジティブな結果が1カ国もないというものでした(図35)

世界栄養報告(GNR)にみる目標進捗状況

先ほどのGBDも同じですが、GNRの主要な役割は、政策関係者の意思決定に対してデータを提供しサポートするということにあり、それが課題解決のコンパスになり、ロードマップになると考えています。その一環として我々は21年の報告書の中で、いくつか重要な行動指針を打ち出しました(図45)

GNRが掲げた目標達成のための指針

また2021年開催の東京栄養サミットでは、84カ国、198の関係団体から433のコミットメントと合計897件の目標が提出されました。これは過去2回行われた栄養サミットの合計の倍以上の数です。我々は、それらの進捗状況をモニタリングし改善するというPDCAサイクルを回転させるためのトラッカー「Nutrition Accountability Framework Commitment Tracker」というプラットフォームを公開しています6)

GBDやGNRはどちらも世界の栄養危機を解決するための重要なインパクト指標だと考えています。COVID-19パンデミックや戦争などの不確定要素の多い中で、それらのデータが世界のステークホルダーに効果的に活用され、食環境の確立につながることを我々は期待しています。

このシリーズは全2回でお届けいたします。第2回の本稿は、野村周平 先生にお話しいただきました。

参考文献

  • 1)Lancet. 2022 Aug 20; 400(10352): 563-91
  • 2)BMC Public Health. 2023 Mar 19; 23(1): 516
  • 3)Food Sci Nutr. 2022 Nov 12;11(2): 872-82
  • 4)Public Health Nutr. 2022 Dec 1; 1-8
  • 5)2021 Global Nutrition Report(世界栄養報告2021).詳細 ▶
  • 6)Nutrition Accountability Framework(NAF) Commitment Tracker. 詳細 ▶

PDFダウンロード

Profile

プロフィール写真

野村 周平(のむら しゅうへい)先生
慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室 特任准教授

2011年 東京大学薬学部薬科学科卒業。2013年 同大学院国際保健学専攻の修士課程を修了。国連開発計画(UNDP)タジキスタン事務所及び世界保健機関(WHO)ジュネーブ本部でインターン経験を経た後、2016年 インペリアル・カレッジ・ロンドン公衆衛生大学院疫学・生物統計学教室で博士課程修了(2019年 博士号取得)。同年 東京大学大学院国際保健政策学教室助教(2019年より非常勤)。2019年より現職。2022年より国際プロジェクト「世界の疾病負荷研究」(現在160カ国、1万人のメンバーシップ)の科学評議員に就任。