健康的で持続可能な食環境の整備について考える
健康的な食事(減塩)の社会実装に向けて:疫学研究の役割
そこで本ランチョンセミナーでは「塩」に関する膨大な疫学研究の知見を社会に反映させるため、どのような施策が考えられるのか、誰が何をすべきなのかを、お二人の先生に語っていただきました。ポイントは、減塩を持続可能な食環境の創生にあるようです。
演題:健康的な食事(減塩)の社会実装に向けて:疫学研究の役割
座長:岡村 智教 先生(慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学 教授)
初出:第34回 日本疫学会学術総会ランチョンセミナー
開催日・場所:2024年2月1日/びわ湖大津プリンスホテル
このシリーズは全2回でお届けいたします。第1回の本稿は、津金昌一郎 先生にお話しいただきました。
食塩と血圧、胃がんの関係
1975年に、アマゾンの原住民の尿中ナトリウム(Na)や血圧を調べた研究結果が報告されました1)。なんと尿中Naは1mEq/Lにすぎずカリウム(K)の150分の1であり、加齢に伴う血圧の上昇は観察されないという内容でした。この論文を見て学生だった私は食事と疾患リスクとの関連に興味をもち、大学院時代にブラジルに行きフィールド調査を行いました。すると、現地の人に比べて日系人は尿中Na/K比と高血圧の有病率が高いことがわかり2)、その背景として日系人は日系人同士で固まって生活し、食生活も日本本土のそれに近いものであるためと考えられました。
その後、国立がんセンター(現・国立がん研究センター)に入職し、胃がんの疫学調査(断面調査)を行ったところ、尿中Na排泄量と胃がんによる死亡率がきれいに相関することがわかりました(図1)3,4)。つまり、食塩は高血圧や脳卒中のリスクであるだけでなく、どうやら胃がんのリスクにも関係していそうだということが示されたわけです。
ところが不思議なことに、胃がん死亡率が非常に高い秋田県のすぐ隣の岩手県は胃がん死亡率が低く、しかも食事記録から推測した食塩摂取量は、両県で有意差がありません。よく調べてみますと、食材ベースでは両県で差はなくても、秋田県ではたらこなど、塩で加工された塩蔵食品の摂取量が多いことがわかりました。
そこでNa摂取量と塩蔵食品の摂取量を別々に評価して疾患リスクとの関連をコホート研究により解析したところ、Na摂取量は脳卒中リスクに関連があるものの胃がんとは関連がなく、塩蔵食品は胃がんのリスクと関連があることがわかりました(図2)5)。つまり、Naが体に吸収されて血液中に循環することが高血圧と脳卒中につながる一方、高塩分の食品が胃に入ることが胃がんリスクを高めるのではないかという推論が立てられました。
なお、現在では、塩蔵食品の摂取量の多いことがヘリコバクター・ピロリ(H. pylori)感染率の高さと関連があり、H. pyloriに感染している場合に食塩過多が胃がんリスクを押し上げることが明らかになっています。
疫学研究の結果を社会に実装する
ところで、1件の医学研究の結論はあくまで仮説に過ぎず、公衆衛生戦略に直ちにつなげることはできません。多くの基礎研究や疫学研究を積み重ね、疾患予防の提言へと橋渡しする作業が求められます。さらに、打ち立てたその提言の社会実装も必要です。
例えば減塩に関しては現在、「男性は食塩1日あたり7.5g未満、女性は6.5g未満」という目標が掲げられています。この目標を達成可能な食習慣改善や食環境整備の効果的手法を開発・検証することが、疫学研究の社会実装と言えます(表1)。
一例として私たちは、東北の胃がん高リスク地域の住民を対象に、尿Na排泄量を指標としながら個別化した強力な食習慣への介入を行う無作為化比較試験(RCT)を実施しました6)。その結果、介入強化群では尿Na排泄量と血圧が有意に低下しました。ただし、そこで行った介入を日本人全員に対して行うことは現実的でないことも否めません。
そこで、例えば食品の栄養成分表示をもっと目立つようにする、「減塩食」というネーミングで販売されているものをデフォルトとする、減塩食の減税または減塩食でないものへの課税、さらには法規制といったことも視野に入れて、社会へ働きかけていく必要があるかもしれません。また、中国ではある地域で流通している食塩のナトリウムの25%をカリウムに置き換えるというRCTが行われ、脳卒中、心血管死、全死亡が有意に減って高カリウム血症の有病率は変化がなかったという結果が報告されています7)。こういったアウトカム改善に直結する取り組みも検討に値するでしょう。
減塩は、現在も日本人の健康にとって食事関連の最重要課題です。減塩の推進のため、健康的な食環境を社会全体で整備することが今、求められているのだと思います。
このシリーズは全2回でお届けいたします。第1回の本稿は、津金昌一郎 先生にお話しいただきました
参考文献
- 1)Circulation. 1975 Jul; 52(1): 146-51
- 2)民族衛生. 1986; 52(3): 127-32
- 3)Cancer Causes Control. 1991 May; 2(3): 165-8
- 4)J epidemiol 1992; 2 (2), 83-9
- 5)Am J Clin Nutr. 2010 Feb; 91(2): 456-64
- 6)J Hypertens. 2006 Mar; 24(3): 451-8
- 7)N Engl J Med. 2021 Sep 16; 385(1 2): 1067-77
Profile
津金 昌一郎(つがね しょういちろう)先生
国際医療福祉大学大学院医学研究科 教授