セミナーレポート

あじこらぼ × SNDJ プロのためのアミノ酸実践講座

第1回 アミノ酸はどうやって作られるのか?
講演2. 世界No.1アミノ酸メーカー味の素とアミノ酸事業

梶原 賢太(味の素株式会社アミノサイエンス事業本部)
※この記事の内容は公開当時の情報です

アミノ酸を研究・生産し続けて100年以上もの歴史をもつ味の素株式会社と、スポーツ栄養学を“元気づくりの栄養学”として提唱、認知啓発を行う一般社団法人日本スポーツ栄養協会(SNDJ)が、アミノ酸の理解を深め、それぞれの“元気づくりの現場”で知見を活用していただきたいとの思いでセミナーシリーズ「プロのためのアミノ酸実践講座」がいよいよスタート! その第1回「アミノ酸はどうやって作られるのか?」が2月14日にオンラインで開催されました。たくさんの方にご参加いただいたこのセミナーの模様を、「あじこらぼ」ではレビュー記事として再構成し3回に分けてお届けします。

全3回の連載の第2回となる本稿では、味の素株式会社アミノサイエンス事業本部の梶原賢太氏によって行われた講義「世界No.1アミノ酸メーカー味の素とアミノ酸事業~100年以上にわたって築かれたアミノ酸の製法技術と利用法~」をご紹介します。
梶原 賢太(味の素株式会社アミノサイエンス事業本部)
梶原 賢太(味の素株式会社アミノサイエンス事業本部)
演者:梶原 賢太(味の素株式会社アミノサイエンス事業本部) Profile ▶
演題:講演2. 世界No.1アミノ酸メーカー味の素とアミノ酸事業」
初出:あじこらぼ × SNDJ プロのためのアミノ酸実践講座 第1回 アミノ酸はどうやって作られるのか?
開催日・場所:2023年2月14日/オンライン

世界No.1アミノ酸メーカー味の素とアミノ酸事業
~100年以上にわたって築かれたアミノ酸の製法技術と利用法~

私ども味の素株式会社の歴史を紹介させていただきます。味の素という会社は、うま味調味料のもとであるグルタミン酸を発見した池田菊苗先生と、その製品化につなげた鈴木三郎助、味の素の創業者ですが、この2人によって始まりました。1世紀以上前の1908年の7月に、池田先生が湯豆腐の昆布出汁のうま味成分としてグルタミン酸を抽出し、同年9月には、ヨードの生産を手掛けていた鈴木三郎助がグルタミン酸の工業製品化に向けた開発をスタート。翌1909年の5月にはうま味調味料として販売を開始しています。

「日本人を欧米人と遜色のない体格にしたい」

池田先生がなぜグルタミン酸の抽出を目指したか、その理由は先生がドイツに行かれた際に撮影した記念写真に端を発すると、著書に書かれています。先生の周りの外国人は座っていて、先生は立っているのにあまり頭の高さが変わらない。それだけ日本人と欧米人には大きな体格差があったということです(図1)。この体験から先生は、「佳良にして廉価なる調味料を造り出し滋養に富める粗食を美味ならしむこと」という志を立てられました1)。つまり、「低コストの調味料を製造して普及させ、日本人が粗食であってもおいしい料理をたくさん食べ、欧米人なみの体格になってほしい」という願いです。

うま味物質の商品化 池田菊苗博士の思い
図1 うま味物質の商品化 池田菊苗博士の思い

なお、池田先生はこの発見により、特許庁が選定した「日本の十大発明家」の一人に挙げられています2)。また、昆布から抽出されたグルタミン酸は、国立科学博物館により、次世代に引き継いでいく重要な意義をもつ「未来技術遺産」の一つに認定され展示されています3)。

ちなみに、池田先生に続き1913年と1951年に、いずれも日本人研究者によって、イノシン酸、グアニル酸といううま味成分が発見されています(図2)。代表的な3種類のうま味成分が日本で発見されたということですから、やはり日本人は繊細な味覚をもっているのではないでしょうか。

うま味成分発見の歴史
図2 うま味成分発見の歴史

グルタミン酸ナトリウムは天然に存在している

さて、池田先生は昆布からグルタミン酸を抽出しましたが、昆布のほかにもグルタミン酸は多くの食材に含まれています。一部の例を挙げれば、白菜、ブロッコリー、シメジ、トウモロコシ、サトウキビ、そして鶏肉や牛肉、豚肉などです。チーズなどの加工食品にも豊富に含まれています。また昆布出汁には、うま味調味料と同じグルタミン酸ナトリウム(MSG)として存在しています(図3)。

グルタミン酸ナトリウムは天然に存在する
図3 グルタミン酸ナトリウムは天然に存在する

トマトもさまざまなアミノ酸を含んでいますが、最も多く含んでいるアミノ酸がグルタミン酸です。トマトの色(熟成度)はグルタミン酸の含有量と相関があり、青、黄色、赤と変化するほどグルタミン酸が増えていきます。青いトマトより赤いトマトのほうがおいしいのには、このような理由があります。

また、イタリアで古くから好まれているパルミジャーノレッジャーノというチーズがありますが、そのグルタミン酸含有量は昆布に匹敵するほど豊富で、そのほかのアミノ酸の含有量も多く、白い結晶になっているのが見えます(図4)。

うま味を得る知恵【発酵】
図4 うま味を得る知恵【発酵】

天然の食材からアミノ酸を取り出す技術

ここからは、アミノ酸の製法に話を進めます。

さきほど鈴木志保子先生から、アミノ酸はたんぱく質の構成成分だと解説いただきました。ということは、たんぱく質を分解すれば、アミノ酸を得ることができるということです。グルタミン酸についていいますと、昆布1kgからは22g、小麦からは50g取り出すことができます。

食材中のグルタミン酸を取り出す方法として、現在は主として発酵法という方法が用いられています。発酵とは、微生物を利用して、糖からアルコールや乳酸、アミノ酸など、人にとって有益な物質を作り出す方法です。例えば牛乳の中に乳酸菌を入れますと、菌自身が生きていくために糖を利用する過程で、乳酸が作られて酸性になり、それが固まってヨーグルトになります。味噌やしょう油も大豆などを発酵させて作られています。

動画「うま味調味料 ~発酵法の贈り物~」(味の素株式会社)

※再生ボタンをクリックすると動画が再生されます グルタミン酸の場合は、トウモロコシやサトウキビ、キャッサバなどをグルタミン酸生産菌によって発酵させて取り出しています(図5)。当社は世界のさまざまな生産拠点があり、その国の環境に適した食材を原料にしてグルタミン酸を生産しています(図6)。日本ではサトウキビです。

グルタミン酸生産菌
図5 グルタミン酸生産菌
「うま味物質」の原料は、さとうきび、キャッサバ、とうもろこしなどの植物由来です
図6 「うま味物質」の原料は、さとうきび、キャッサバ、とうもろこしなどの植物由来です

少し話が脇道にそれますが、さまざまな食材に含まれているアミノ酸が、もともとはどこから来たのかという疑問について、興味深い説があります。なんと、小惑星探査機の「はやぶさ」が持ち帰った試料の中に、アミノ酸が見つかったということです。つまり、生命の素とされているアミノ酸が、地球外に存在している可能性が高いようです4)。

グルタミン酸をグルタミン酸ナトリウムにする理由

ところで、昆布などから抽出されるアミノ酸はグルタミン酸ですが、うま味調味料はナトリウムと結合させたグルタミン酸ナトリウム(monosodium glutamate;MSG)です。この工程がなぜ必要かというと、グルタミン酸そのものは水に溶けにくいために調理に使いづらいからです。ナトリウムのほかにも、カルシウムやカリウムを使って結晶化させることもできますが、水の溶けやすさや保存性がよく、またグルタミン酸のうま味を最も引き立たせるのがナトリウムです。なお、さきほども申しましたように、昆布出汁にはグルタミン酸ナトリウム(MSG)のかたちで既に存在しています。

「化学調味料」は大きな間違い、正しくは「うま味調味料」

砂糖、塩、MSGという調味料はどれも白い結晶・粉末です。砂糖や塩をスクロース、塩化ナトリウムと呼ばないのは古くからあったからであり、MSGだけ異質な存在というわけではありません(図7)。ところが「MSGは危険」とする論調が一部にあります。その論調の出どころを突き詰めると、1950年代に日本のNHKが、「化学調味料」という言葉を使ったことに行きあたります。

グルタミン酸ナトリウム、蔗糖、塩化ナトリウム
図7 グルタミン酸ナトリウム、蔗糖、塩化ナトリウム

当時、新たに登場した調味料である「味の素」の話題を伝える際、NHKは商品名や社名の固有名詞を使えませんから困ってしまい、苦肉の策として「化学調味料」という言葉を作りました。「化学」といえばその頃は、未来を感じさせる先進的な言葉で、決してMSGを批判する意図はなかったようです。ところがそのうち公害などの問題も起き始めて、「化学」という言葉にマイナスのメージがつき始めてしまいました。

そもそも、MSGは食材を発酵させて作るものであるため、化学調味料という表現は正しくないということもあり、NHKは1985年に「うま味調味料」と言い換えるようになりました。それ以降は行政用語としても広辞苑などの辞典類でもこの呼称が定着してきました。

なお、2022年3月には消費者庁が「食品添加物の不使用表示に関するガイドライン」を制定し、「○○無添加」とか「××不使用」といった、添加物を使っていないことがさも安全であるといった誤解を招く表示を禁止する方針が打ち出されました5)。現在は猶予期間中で、2024年4月から禁止されます(図8)。

「うま味調味料」表記への正しい理解
図8 「うま味調味料」表記への正しい理解

講演3.鈴木志保子先生×梶原賢太氏によるトークセッションへ ▶

Profile

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梶原 賢太(かじわら けんた)
味の素株式会社アミノサイエンス事業本部

1991年4月 味の素株式会社入社。中央研究所・生物科学研究所に配属。アミノ酸の生理作用とアミノ酸を応用した医薬品開発に携わる。2010年4月 味の素製薬株式会社(現:EAファーマ株式会社)に出向。輸液・栄養・透析研究所に所属し、輸液剤、透析剤の薬理研究に携わる。2012年4月 味の素製薬株式会社臨床開発部。輸液剤、消化器疾患用薬の臨床試験(治験)の実施、承認申請書作成に携わる。2014年7月 味の素株式会社健康ケア事業本部に所属。2016年7月 同アミノサイエンス事業本部ダイレクトマーケティング部R&Dグループ。2023年7月より同事業本部バイオファイン研究所マテリアル&テクノロジーソリューション研究所アミノインデックス・サポーティブケアグループ 兼 アミノサイエンス統括部品質保証・OE推進グループ健康学術チーム兼任となる。