セミナーレポート

第86回 日本臨床外科学会学術集会 学会賞受賞記念講演

臨床と研究を振り返って

土屋 誉 先生(公益財団法人 仙台市医療センター 仙台オープン病院 院長)
2025年03月10日
※この記事の内容は公開当時の情報です

第86回 日本臨床外科学会学術集会 学会賞受賞記念講演「臨床と研究を振り返って」

日本臨床外科学会の学会賞は「臨床外科医として、地域医療に貢献し、多大な業績をあげ、臨床外科学の発展に寄与した者」として推薦され、学術委員会の議を経て決定されます。2024年の学会賞受賞者の一人として選ばれた土屋 誉 先生は、1979年からの45年間の大半を臨床外科医として奮闘される中、早くから「栄養」の重要性に着目されていました。本稿では「臨床と研究を振り返って」と題された受賞講演の要旨をご紹介します(特別インタビューはこちら)。

演者:土屋 誉 先生(公益財団法人 仙台市医療センター 仙台オープン病院院長) Profile ▶
演題:臨床と研究を振り返って
司会:万代 恭嗣 先生(医療法人社団大坪会北多摩病院 院長)
初出:第86回 日本臨床外科学会学術集会
開催日・場所:2024年11月22日/栃木県宇都宮市

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土屋 誉 先生の特別インタビューはこちらをご覧ください

私は1979年に大学を卒業し、2年間の研修を経て東北大学第一外科に入局して4年ほど臨床と消化管ホルモンの研究に携わった後、一般病院に赴任しました。それ以降の大半の時間を、臨床外科医として過ごしてきました。本日は医局在籍中の研究と、臨床に専念するようになってから気づいた栄養療法の重要性についてお話しさせていただきます。

インクレチン分泌を外科的にコントロールする

医局時代の主要な研究テーマは、胆道バイパス術の消化管ホルモン分泌への影響についてでした。胆汁を回腸に流入させる実験モデルで検討しますと、インクレチンの一つであるGlucose-dependent Insulinotropic Polypeptide(GIP)が全く分泌されず、また中性脂肪の吸収が強力に抑制されることがわかりました。さらに、別のインクレチンであり腸管グルカゴンのGlucagon-Like Peptide(GLP-1)、および GLP-2の分泌は著明に上昇しました。

減量・代謝改善手術として現在行われている胃バイパス手術は、胃の縮小による摂食量減少とともに、胃を遠位小腸につなぐことによって生じるGIPやGLPの分泌パターンの変化が効果発現に寄与していることが明らかになっています。振り返れば私は40年も前に、このメカニズムを研究していたということになります。

その後も、腸管グルカゴン(GLP-1、GLP-2を含む)分泌細胞が豊富に分布している回腸を空腸に間置するIleal transposition(IT)という手術を開発し、術後に腸管グルカゴンの分泌が10倍ほど高まり、腸管粘膜が肥厚し重量は倍以上となることを示してきました。それから20年以上経ち、“新しい糖尿病改善手術”として、海外からヒトでのITの成績が報告されました。現在も複数の国の臨床で、実際にこの外科的治療が行われています。

外科の臨床で気づいた栄養の重要性

臨床外科医として手術漬けの日々を過ごしていた2001年に、Total Nutrition Therapy(TNT)の講習会を受講しました。それは、「When the gut works, use it!(腸が機能しているならそれを使え)」を基調とした内容でした。最も印象に残ったのは、熱傷モデル動物では早期経腸栄養により、エネルギー消費が顕著に抑制されるというデータです。これはつまり、受けた外的な侵襲は同じでも、腸を使った栄養療法により、その後に生じる侵襲反応を抑制できることを意味しています。

この受講をきっかけに、胃全摘や幽門側胃切除症例では完全静脈栄養(TPN)による周術期管理を原則廃止し、手術翌日からの経管栄養を行う方針に転換しました。そして、東北でいち早く院内にNutrition Support Team(NST)を立ち上げたのが2002年のことです。その中でシスチン/テアニンを含んだアミノ酸サプリメントに出会い、15年以上にわたり研究を続けています。

侵襲軽減と抗癌剤治療をサポートするアミノ酸

シスチンとテアニンは体内でシステインとグルタミン酸を供給し、グリシンとともに抗酸化作用を有するグルタチオンを構成するアミノ酸のサプリメントです。また、シスチンからシステインに変換される過程で、炎症性サイトカインを抑制して抗炎症作用を発揮することも明らかにされています。

周術期におけるシスチン/テアニン

私はこれをまず、周術期の臨床に応用してみました。幽門側胃切除症例を対象とするプラセボ対照試験で、サプリ投与群は術後のエネルギー消費量の上昇が有意に抑制され(図1)、早期経腸栄養との比較でも効果的であることがわかりました1)。これに引き続き動物実験にて、侵襲を加えた後の炎症反応の抑制、代謝亢進抑制などが確認され、シスチン/テアニンは侵襲軽減アミノ酸であることが明らかにされました2)

胃切除後の安静時エネルギー消費量

図1 胃切除後の安静時エネルギー消費量

外科手術は、体内の病変部位を外科的に除去・修復することのメリットと、それに伴う侵襲によるデメリットが存在します。その侵襲を抑制するには二つの方法があり、一つは腹腔鏡などを用いることによる手術自体の低侵襲化であり、もう一つが栄養療法であり、シスチン/テアニンは侵襲軽減効果のあるアミノ酸であることが示されました(図23)

栄養療法による手術侵襲軽減効果

図2 栄養療法による手術侵襲軽減効果

術後補助化学療法におけるシスチン/テアニン

また、周術期以外にも、抗癌剤(S-1)の副作用を軽減して治療完遂率を有意に高めること(図3)、特に下痢や倦怠感の抑制効果が大きいこと(図4)をヒト対象の臨床研究で報告いたしました4)。その後も5-FU(S-1の成分には 5-FUに変換されるテガフールを含む)による小腸障害を抑制し、下痢や体重低下を抑制するというモデル動物での研究5)や、大腸癌治療のキードラッグであるオキサリプラチンによる末梢神経障害を抑制するという、ヒト対象およびモデル動物での研究の結果(それぞれ図5図6)などが報告されてきています〔ヒト対象6)、モデル動物7)〕。

胃癌・大腸癌のS-1完遂率(4週間、減量・休薬なし)

図3 胃癌・大腸癌のS-1完遂率(4週間、減量・休薬なし)

副作用発現率(Grade≥2)

図4 副作用発現率(Grade≥2)

オキサリプラチンの末梢神経障害【副作用発現】

図5 オキサリプラチンの末梢神経障害【副作用発現】

オキサリプラチンの末梢神経障害

図6 オキサリプラチンの末梢神経障害

悪液質予防のためのシスチン/テアニン

ここまで述べた臨床経験から、シスチン/テアニンが炎症が主たる原因の一つである悪液質に対しても抑止効果をもつことが予想されました。そこでまずマウスモデルを用いてシスチン/テアニンの効果を調べたところ、非臨床において悪液質抑制の適応をもつアナモレリンと同程度の体重減少抑制効果を有することを確認しました(図78)。そのほかの血液データや筋肉のデータでも悪液質の予防効果が見られたことから、現在は肺癌患者さんを対象にした臨床研究が進行中です。

シスチン/テアニンの悪液質予防効果

図7 シスチン/テアニンの悪液質予防効果

このようにシスチン/テアニンは、わずか1gほどのアミノ酸ながら、手術侵襲軽減効果、抗癌剤の副作用軽減効果、悪液質予防効果が証明されつつあり、その摂取のしやすさからも、今後の癌治療において重要な役割を果たすことが期待されます(図8)。

癌支持療法としてのシスチン/テアニンの効果

図8 癌支持療法としてのシスチン/テアニンの効果

一番好きなのは深夜に呼ばれる急性腹症の緊急手術

私はシスチン/テアニンのほかにも亜鉛に興味をもち、入院患者さんや地域住民対象研究を行ってきました。高齢者は血清亜鉛が低いこと、社会的・身体的活動性と亜鉛濃度が相関することを明らかにし、またCOVID-19の予後にも関連のあることを報告しています。

以上、大学卒業後の臨床と研究について述べさせていただきました。今でも私の一番好きな手術は、深夜に呼ばれる急性腹症の緊急手術です。そんな手術に明け暮れながらも、経腸栄養に始まりNST活動、シスチン/テアニンや亜鉛といった栄養素の研究を多くの人々とともに続け、楽しい臨床外科医生活を送れたことに感謝しています。

土屋 誉 先生の特別インタビューはこちらをご覧ください

参考文献

  • 1)JPEN J Parenter Enteral Nutr. 2013 May-Jun; 37(3): 384-91.
  • 2)Clin Nutr. 2012 Aug; 31(4): 555-61.
  • 3)Nutrients. 2021 Dec 28; 14(1): 129.
  • 4)Int J Clin Oncol. 2016 Dec; 21(6): 1085-1090.
  • 5)BMC Cancer. 2021 Dec 18;21(1):1343.
  • 6)Int J Clin Oncol. 2020 Oct; 25(10): 1814-1821.
  • 7)Sci Rep. 2020 Jul 29; 10(1): 12665.
  • 8)J Pharmacol Sci. 2023 Jul; 152(3): 163-166.

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Profile

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土屋 誉(つちや たかし)先生
公益財団法人 仙台市医療センター仙台オープン病院 院長

1979年、東北大学医学部卒業、元東北大学医学部臨床教授(胃腸外科)/日本外科学会指導医・専門医/日本消化器外科学会指導医・専門医/日本消化器病学会指導医・専門医/日本静脈経腸栄養学会特別会員/日本肥満症治療学会評議員/日本亜鉛栄養治療研究会(世話人)/日本病院会常任理事/日本外科代謝栄養学会教育指導医