アミノ酸はどうやって作られるのか?
梶原 賢太 氏(味の素株式会社アミノサイエンス事業本部マネージャー)
では、それらのアミノ酸は、何から、どのように作られているのでしょうか? 2024年から始まる食品表示規制の新たな動きも含めて、ほかではあまり聞くことのできない情報をお届けします。
演者:梶原 賢太 氏(味の素株式会社アミノサイエンス事業本部マネージャー)
演題:アミノ酸はどうやって作られるのか?
初出:2023年度 全国栄養士大会・オンライン
開催日・場所:2023年6月28日~9月3日/オンライン
本日は、「アミノ酸はどうやって作られるのか?」をテーマにお話しさせていただきます。まずは、管理栄養士・栄養士の皆様に馴染み深いと思います、うま味成分としてのアミノ酸の歴史についてです。
うま味としてのアミノ酸発見の歴史
うま味成分と呼ばれる物質はいずれもアミノ酸です。主としてグルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸という三つがあり、すべて日本人の研究者によって発見されました。やはり日本人は味に繊細なのではないかと思います(図1)。
これら三つのアミノ酸のうち、最初に発見されたグルタミン酸は1908年に東京大学の池田菊苗博士が発見し、製造法の特許を取得しました。この発見のすぐ後に、鈴木三郎助がグルタミン酸の大量生産を目指して当社を創業しました。当時、貧弱だった日本人の体格を欧米人のように豊かなものにするために、廉価で滋養に富む食品を広めたいという池田博士の志を、鈴木三郎助が具現化したということです。なお、池田博士は、特許庁が選定した「日本の十大発明家」の一人に挙げられています1)。
天然の食材からグルタミン酸が抽出される
池田博士は、湯豆腐を食べている時、当時すでに規定されていた甘味、苦味、酸味、塩味という四味ではない、もう一つ別の味があるのではないかと思い当たり、昆布出汁に着目してそこからグルタミン酸の抽出に成功しました。とはいえ、昆布1kgから抽出されるグルタミン酸は22gに過ぎず、その方法ではたいへん高価な製品になってしまいます(図2)。
ただし、グルタミン酸を含んでいる食材は、実は昆布だけに限りません。トマトやグリーンピース、ブロッコリー、白菜などの天然の食材、およびチーズなどのさまざまな食品にグルタミン酸が含まれています(図3)。もちろん、肉類にも豊富です。ただし、肉類を原料に生産したのでは、やはり高価な製品になってしまいます。
そこで池田博士は、小麦のたんぱく質に着目しました。小麦というと穀物の一種ですから、炭水化物食品と思われがちですが、実際はグルテンというたんぱく質もかなり含んでいます。そのグルテンを塩酸で加水分解して、昆布から抽出されるのと同じグルタミン酸を取り出す方法の開発に成功し、大量生産の道が開けました。小麦1kgからは昆布の倍以上、約50gのグルタミン酸を作り出せます。
発酵を利用した製法
グルタミン酸の製法として、現在では発酵を利用した方法が用いられています。
食品生産における発酵とは、微生物を利用して、糖からアルコールや乳酸、アミノ酸など、人にとって有益な物質を作り出す工程のことです。例えば乳酸菌を例にとりますと、牛乳の中に乳酸菌を入れることによって、菌自身が生きていくために糖を利用する過程で乳酸が作られて酸性になり、固まるとヨーグルトになるという仕組みです(図4)。大豆から味噌やしょう油を作り出すのも発酵です。
グルタミン酸もそれと同じことで、ヨーグルトを作るのに必要な乳酸菌に該当する微生物は、グルタミン酸生産菌です(図5)。やや長い杆菌(かんきん)状の形をしています。このグルタミン酸生産菌を発酵に用いることで、大半の食材からグルタミン酸を得ることができます。
グルタミン酸は自然界に最も豊富なアミノ酸
なぜ、大半の食材からグルタミン酸を作り出すことができるかといえば、すべての生物が体内でグルタミン酸を作っているからです。植物も動物も含めてすべての生き物がグルタミン酸を作っていて、私たち人間も、体重60kgの人の場合、1日に約40gのグルタミン酸を産生しています。発酵という技術を用いることで、さまざまな食材からグルタミン酸を製造可能です。
実際、当社は世界各地でグルタミン酸を製造していますが、国ごとに適した原料を用いています。日本ではサトウキビを用いますが、トウモロコシを用いる国もあれば、キャッサバ、小麦、米などを使って製造している工場もあります(図6)。
アミノ酸製法の進化
次に、アミノ酸の製法の変遷についてお話しいたします。
さきほど少し触れたように、かつては小麦、あるいは大豆などを原料として加水分解して作るという方法でした。その方法が1940年代まで使われていました。
その後、前述の発酵という方法で作り出せることがわかり、技術開発が続けられ、1960年代に入ると発酵法による工業生産が開始され、現在に至っています。
発酵法以外のアミノ酸の製法
ここで発酵法以外のアミノ酸の製法について簡単に紹介します。大きく分けると、①抽出法、②酵素法、③合成法という製法があります。
抽出法とは、調理そのものです。原料を煮立たせることで、素材に含まれているたんぱく質が分解されて出てくるという、いわばブイヨンを作るような方法です。また、抽出法の一つとして自己消化法というのもあり、これはたんぱく質分解酵素を利用する手法で、調理でいえば熟成にあたります。それから、1940年代まで使われていたと先述した、初期の工業的な製法である加水分解を用いる方法も抽出法の一種です。
酵素法は、たんぱく質を酵素の働きで分解するというものです。ただし、あまり効率的ではないので工業的には利用されていません。
合成法というのは化学的な手法によるものですが、これも工業的なハードルが高く、あまり使われることはありません。
発酵法によるグルタミン酸ナトリウムの生産
グルタミン酸を用いたうま味調味料であるグルタミン酸ナトリウム(monosodium glutamate;MSG)の作り方をまとめますと、まず、グルタミン酸を含んでいる原料、国内ではサトウキビですが、それとグルタミン酸生産菌を発酵タンクの中に入れて、30~34°Cで1~2日くらい置いておきます。すると生産菌がグルタミン酸をたくさん作ってくれます。
次に、これを水酸化ナトリウム塩に結合して結晶化させます。ここが非常に重要な工程で、純度の高いグルタミン酸ナトリウムを作るポイントです。そして、品質検査を経て、うま味調味料としてのグルタミン酸ナトリウムができあがります(図7)。
ところで、なぜグルタミン酸そのものではなく、グルタミン酸ナトリウムとして製品化しているかという点ですが、それはグルタミン酸自体は水に溶けにくいために調理に使いづらいこと、そして酸味があるためです。ナトリウム以外にも、カルシウムやカリウムを用いて結晶化することも可能ですが、水への溶けやすさ、うま味を引き出す力、保存性などのバランスが最も良いのはナトリウムということになります(表1)。
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鈴木先生 よくわかりました。では続いて、食品の表示規制の最近の動向について解説いただけるとのことです。よろしくお願いいたします。
無添加、化学調味料の表示規制について
先日、アメリカに行きましてメキシコ料理店に入ったのですが、カウンターに、「ラードは使っていない、冷凍食品は使っていない」といった文言とともに、「NO MSG(グルタミン酸ナトリウムは使っていない)」と書かれているのを見ました。恐らく、「健康に配慮している、手を抜かずに作っている」というメッセージのつもりなのでしょう。しかし、グルタミン酸ナトリウムは健康に良くないのでしょうか?
もちろん、そんなことはありません。グルタミン酸が天然の食材から、ヨーグルトや味噌と同じように発酵という製法で作られているのはお話ししたとおりです。国連や米国、欧州などが設置している食品関連の専門機関が「グルタミン酸ナトリウムは安全である」と明言しています。
ただ、グルタミン酸ナトリウムは体に良くないというイメージは、いまでも一部にみられます。その理由を突き詰めていくと、1950年代に日本のNHKが、「化学調味料」という言葉を使ったことにあるようです。NHKは商品名や社名の固有名詞を使えませんから、「味の素」と言えずに苦肉の策として化学調味料と表現したようです。当時、「化学」といえば未来を感じさせる良いイメージがあったようですので、決してグルタミン酸ナトリウムを批判する意図はなかったのだと思います。ところが時代が変わり、公害などの問題も起き始めて、「化学」はマイナスイメージを伴う言葉になってしまいました(図8)。
そもそも、グルタミン酸ナトリウムは食材を発酵させて作るものであって化学調味料という表現は正しくないということで、NHKは1985年に「うま味調味料」と言い換え、それ以降、行政用語としても広辞苑などの辞典類でも、この呼称が定着してきました。
また、2022年3月には消費者庁から、「食品添加物の不使用表示に関するガイドライン」を制定し、「○○無添加」とか「○○不使用」といった、添加物を使っていないことがさも安全であるといった誤解を招く表示を禁止するとアナウンスされました2)。現在は猶予期間中で、2024年4月から禁止されます(図9)。
食品添加物を適切に使用することで、消費期限が長くなって食品ロスを減らせたり災害備蓄に利用できたり、介護食用のとろみづけや減塩・栄養強化などが可能になったりします。食品添加物にはSDGs(持続可能な開発目標)の達成につながるという側面もあるとお考えいただきたいところです。
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鈴木先生 ありがとうございました。アミノ酸がどのように作られるのか、池田菊苗先生がどのような思いでグルタミン酸ナトリウムを日本に広めようとしたのか、たいへん勉強になりました。
また、添加物の表示・表現に関する最新情報の共有もありがとうございます。われわれ栄養に関わる者は、食品関連の用語を正しく使っていかなければいけないと改めて感じました。管理栄養士・栄養士の皆さんも、ぜひ今日の話を明日からの業務にお役立てください。