データで健康を拓く
〜食と栄養政策におけるデータ駆動型アプローチ〜
演題:データで健康を拓く〜食と栄養政策におけるデータ駆動型アプローチ〜 Profile ▶
座長:⼩切間 美保 先生(同志社女子大学生活科学部食物栄養学科 教授)
初出:第71回 日本栄養改善学会学術総会
開催日・場所:2024年9月7日/大阪公立大学
データで見る世界と日本の健康課題
私の研究活動の中心は、データサイエンスを活用したグローバルヘルス政策の立案です。政策に直結する研究であるため、データサイエンスを用いた実証的な課題解決の視点を重視しています。2023年の広島G7サミットでは、グローバルヘルスのアジェンダ策定委員会のメンバーとして提言し、成果文書の作成に貢献しました。現在は、2025年にフランスで開催される栄養サミットに向け、国際機関「世界栄養報告」のメンバーとしてアジェンダ策定に携わっています。
行政官や政策立案者は、様々な課題に対して予算や資源を配分する上で優先順位を設定する必要があります。そのような時に、包括的かつ比較可能なデータは不可欠です。世界の健康課題の把握、食と栄養分野における位置付け、課題解決への貢献度、限られた資源・予算内での最大の健康効果の達成方法など、エビデンスに基づいた政策立案の支援を行っています。
私は現在、世界の疾病負荷を推定するGlobal Burden of Disease(GBD)プロジェクトに参画しています。アメリカのシアトルを拠点に、約160カ国、1万人以上が参画している疫学研究グループで、300以上の疾患や80近いリスク因子を網羅的に推定し、世界中の疾病・傷害による健康損失を包括できる国際プログラムです。私はGBDの科学評議会のメンバーとして活動しています。GBDは異なる集団で疾患を見ることができるため、多様な比較が可能です。このため、健康政策や戦略における優先順位決定の強力なツールとなっています。
「疾病負荷」とは、集団の健康状態を評価する際に、疾患や障害による程度や負担を考慮した指標です。疾病負荷の代表的な指標に「DALYs(障害調整製造年数)」があります。DALYsは、死亡と障害の双方を考慮した総合的な健康指標です。一般的な死亡指標に関しては、病気を患って、比較的早く亡くなった場合と、治療を続け継続的に普通に生活されて亡くなった場合、どちらも「死亡=1」となります(図1)。しかし現代では、疾病に罹患しても即座に死亡に至るケースは年々減少しています。平均寿命から早期死亡によって失われた時間と、病気や怪我を患いながら生活していた時間を合算したのがDALYsです。
低所得国の疫病負荷は、非感染症が占める割合がだんだんと大きくなってきています。「低所得国といえば感染症」。これは30年くらい前の状況です。今では低所得国で3割程度、低中所得国では6割近くの疫病負荷が慢性疾患によるものとなっています。
食と栄養に関する健康リスク
世界の2021年におけるDALYsの原因ランキング(図2)の1位は新型コロナウイルス感染症ですが、3位は新生児障害です。2位は虚血性心疾患、4位に脳血管疾患、7位は糖尿病といわゆる慢性疾患が入っています。2000年と比べると非感染症が順位を上げ、糖尿病は10位から上位に上昇しています。慢性疾患は、不健康な食事が関連しています。低所得国におけるDALYsの原因では、新生児障害がトップです。マラリア、結核、エイズのいわゆる三大感染症は、この約20年間で顕著に減少しています。しかし、栄養問題である新生児障害は依然として重要な課題として残されています。
日本において循環器系の疾患が上位に位置することは容易に想像できると思いますが、腰痛、アルツハイマー病、難聴も上位にきているのです(図3)。これらは死亡の原因にはなりませんが、高齢者を中心に罹患者が多い状況です。このことは介護・医療費といった社会保障費、就労や社会的な側面にも、慢性的に影響を及ぼします。特に、アルツハイマー病の伸びが大きく、この20年間で約130%増となりました。
2021年のDALYsのリスク因子を見ると、世界と低所得国の1位が低栄養です。日本では高血糖が1位、高血圧、高BMI、高LDLコレステロールといわゆる代謝性因子が上位を占めています。また、不健康な食事が4位です。日本のリスク因子をさらに詳細に分析すると、高血糖が、喫煙を上回って1位に躍り出ています。そして高BMI、いわゆる肥満が伸びています。注目すべきは、9位に高塩分食があり、過剰な塩分摂取が健康リスク因子となっています。
減塩については、日本では、産官学連携で様々な取り組みを実施しています。行政は、アカデミアや国立健康・栄養研究所等と味の素(株)をはじめとする食品企業と連携し、減塩プロジェクトを推進しています。
これらのデータを活用し、私は行政の政策立案支援を行なっています。厚生労働省「国民健康づくり運動 健康日本21」といった長期的な健康プロモーション戦略で、目標達成状況をGBDにより分析・評価しています。また、内閣官房を中心に議論されているグローバルヘルス戦略に関しては、今後日本はどのようなことにフォーカスすべきかを政府関係者に提言し、戦略図に落とし込んでいます。
研究事例紹介
日本発の減塩対策「うま味」
高塩分食に関しては、うま味を活用したインパクト評価を味の素(株)と共同研究しています。うま味は機能性も含めて、様々な研究が世界中で行われていますが、注目すべきは、うま味を使った減塩です。塩味をうま味で代替することで、美味しさを保ちながら減塩することが世界中で推進されています。うま味による減塩率に関しては多くの研究成果が報告されています。例えばチーズ類だったら50%、研究によっては100%の減塩率が報告されています。他には、ソーセージ、味噌、醤油、スナック菓子など多様な食品でうま味を使った減塩の研究が行われています。
日本の国民健康・栄養調査で得られたデータを用いて、どれだけ減塩できるのかを検証しました(図4)。うま味による減塩製品が市場に100%出回り、全てが減塩製品であるという極端なシナリオにおいて、成人の1日あたりの食塩摂取量を20%程度削減できることを論文として発表しました。また、WHOや厚生労働省が定めている目標値に対しても、達成可能な人口が増加するという結果が得られました。米国と英国においても同様の分析を行なった結果、やはり10~20%程度の減塩が可能であるという結果が得られました。
減塩対策によるインパクト評価
味の素(株)からの研究助成で、減塩によるインパクト評価も実施しています。将来的に食塩摂取量の減少が加速した場合の日本における健康損失の低減効果について、時系列モデルによる推定を行いました。WHOや厚生労働省の塩分摂取の達成目標に何年までに到達できた場合、その後どうなるのかを推定しました。特に顕著な効果が見られたのが胃がんでした。高塩分食と胃がんの関係性を反映し、減塩という単一の政策介入により、胃がんの疾病負荷が低減することが示されました。
また、20~49歳の年齢層では、野菜と果物を多く取ることで、循環器系の疾病負荷が低減するという研究結果も得られています。
食塩摂取に関する知識と態度
味の素(株)が行なった食塩摂取に関する知識と態度に関する国際調査のデータを用いた研究も実施しました。食塩摂取に対する知識と態度の関連要因の国別比較分析を行ったものです。食塩摂取の知識と態度の関係は、全ての調査対象国でポジティブな相関が確認されました。知識の向上が減塩に対する好ましい態度の醸成につながるということです。また、自身や家族の健康状態と減塩に対する態度の関連について、ブラジル、日本、フランスで有意な相関が認められました。減塩対策は、各国の食文化や社会文化的背景に適応したカスタマイズされた介入が求められることを示唆する結果となりました。
不健康な食事への介入戦略
不健康な食事への介入戦略の研究では、エビデンスが徐々に蓄積されつつあります。例えば加糖飲料への課税率引き上げ、社員食堂や学校給食のメニューの健康的改善など、健康的な食事に関する介入は、自治体主体の取り組みや、食品業界やスーパー業界の取り組みなど多岐にわたっています(図5)。
日本の健康的な食習慣
2023年頃から、私の研究チームが食事体験に注目した研究を開始しています。この研究は、新型コロナウイルス感染症の流行に伴う生活習慣・食習慣の多様化を契機としています。
日本全国3万人を対象とした大規模な調査を実施し、社会とのつながり、食事の時間的な余裕、食事・生活スタイル、食材の入手方法などの要因と、健康的な食習慣との関連について分析を行いました。毎日の摂取品目数を食生活の多様性の指標として用いました。
健康的な食習慣のメカニズムは、現在では推測の域を出ませんが、注目すべき点は、ウェルビーング、個人の社会的状況が健康的な食事と有意な関連を示したことです。また、食事の時間的余裕、冷凍食品、間食については、健康戦略への活用可能性が示唆されました。
現代社会における時間的制約の中で、冷凍食品の利用が増加しています。私の実家でのコンビニエンスストア経営の経験から冷凍食品の進化を実感してきましたが、現在の冷凍食品は品質面で著しい向上を遂げています。私自身も野菜や水産物の冷凍食品を積極的に活用していますが、品目数の増加が容易で利便性が高く、味質も優れています。ナッツ類やカットフルーツ、豆腐バーなどの健康志向型スナックなど間食の多様化も、健康的な食習慣に貢献していることが示されました。ただし、この研究は食習慣の多様性のみを評価対象としており、個人の健康状態との関連については評価対象外となっています。
健康的な食事には、交友関係や社会的なつながりも重要な要因となっています。冷凍食品に関する発見は、時間的制約の大きい生活スタイルや、独居高齢者の増加といった現代の食生活課題に対して、さらなる技術革新への期待を示唆するものです。料理アプリの使用も食の多様性との関連が確認され、テクノロジーの発展は今後の食生活の質的向上において重要な役割を果たすと考えられます(図6)。
グローバルな食・栄養目標と進捗
栄養問題を含めたグローバルヘルスは、これまでに重要な転換点を迎えています。MDGs(ミレニアム開発目標)は、2000年の国連ミレニアム・サミットで掲げられたSDGsの前身です。8つの目標のうち乳幼児死亡率の削減、妊産婦の健康の改善、HIV/AIDS、マラリア、その他の疾病の蔓延防止の3つが健康に直接関連しています。低所得国の死亡原因と密接に関連しており、世界的な介入が必要とされました。
私たちが推定している保健分野への開発援助の主要分野データによれば(図7)、2000年を境に、世界は感染症と妊婦、子ども対策に一層の重点を置くようになりました。援助額は2000年から増加し、現在は5倍近くに達しています。HIV/AIDSは感染者が減少しており、投資が奏功したと考えられます。2020年からは、新型コロナウイルス感染症への対策に多額の投資が行われています。
2010年頃から、新型コロナウイルス感染症を除くと分野別の資金割合はほぼ一定で推移しています。非感染症である慢性疾患の2019年の健康損失は、低所得国で3割、低中所得国で6割弱です。しかし、非感染症への援助額は1%程度にとどまっています。急激な疾病構造の変化に、各国の開発戦略が対応できていない現状がデータから明らかとなっています。
2013年のWHO総会で採択された、2025年までの栄養関連世界目標があります。2010年を基準として、食塩摂取量、血圧、肥満、糖尿病の目標を定めたものです。これらに関して、私が独立専門家パネルを務める国際機関「世界栄養報告」が2021年に報告書を発表しました。そこでは、男女共に食に関するすべての世界目標に、ほとんどの国が現状では到達できない見通しであるとしています。塩分と肥満に関しては、達成可能な国は皆無であり、国によっては状況が悪化している例も見られます。
世界栄養報告の重要な役割の一つに、国際会議でのコミットメントの登録と目標の追跡があります。2021年に食と栄養に関する国際会議、「東京栄養サミット2021」が開催されました。この会議には、80カ国以上から政府やNPO、民間企業など200以上の関係者が参加し、コミットメントを表明しています。母子の栄養に関するコミットメントが全体の約7割を占める一方、非感染症疾患に関するコミットメントは4割程度に留まり、現状との乖離が見られる状況でした(図8)。
まとめ
今日いろいろお話させていただきましたが、日本を含めて糖尿病や肥満が悪化傾向にあることは重要な課題です。これらは、食事に関連しており、今後も継続的な対策が必要です。また客観的に評価しても、うま味による減塩効果は多くの研究で実証されており、その効果は非常に期待できます。単純な試算であっても、日本国民レベルで20%、米国、英国においても同程度の食塩摂取量削減が可能というのは大きな意義があります。
食事の多様性、冷凍食品、間食に着目しましたが、今後、この分野の研究の進展が期待されます。特に日本の冷凍食品は高品質であり、市場の拡大は今後も継続すると予測されます。また、社会的なつながり、ウェルビーング、社会的孤立、共食が注目されています。これらが健康的な食事につながるというエビデンスも蓄積されており、介入の可能性は大きいと考えられます。グローバルな視点では、低栄養と過栄養が並存する問題に直面している一方で、資金の流れは、低栄養対策に偏重しており、慢性疾患対策はほとんど進展していないのが現状です。
一方で、世界栄養報告の報告結果が示す通り、肥満や高塩分食に関する世界目標を達成できる国は現時点で皆無という結果となっています。
GBDのような包括的な分析データツールは、様々なエビデンスに基づく政策立案や戦略策定に有用であり、是非ご活用いただければと存じます。
座長のことば
食に関する知識の向上が健康的な食習慣の促進につながることを、調査データによって明らかにされた点が非常に印象的でした。食に関わる方々の日々の活動や研究が、世界の健康に貢献していることを実感できました。実現可能な研究デザインのアイデアを得た方もいるのではないでしょうか。また、論文を通じたエビデンス提示の重要性も再認識しました。今後の研究活動においても、希望と可能性を感じさせるお話でした。
座長
⼩切間 美保(こぎりま みほ)先生
同志社女子大学生活科学部食物栄養学科 教授。博士(栄養学)。管理栄養士
Profile
野村 周平(のむら しゅうへい)先生
慶應義塾大学 グローバルリサーチインスティテュート 特任教授。博士(疫学・生物統計学)