演題:東京栄養サミットから見たこれからの日本の栄養の役割
初出:第24・25回 日本病態栄養学会年次学術集会
開催日・場所:2022年1月30日(日)/国立京都国際会館
「東京栄養サミット2021」とは
世界の栄養不良の二重負荷の改善に向けた国際的な取り組みを促進する国際会合。2012年のロンドンオリンピック・パラリンピック競技大会の最終日にキャメロン元英国首相が開催した「飢餓サミット」をきっかけに、2013年にロンドンで初めて開催され、2016年のリオのオリンピック・パラリンピックでも開催されている。オリンピック・パラリンピックのホスト国が開催する慣行で、東京会合は日本政府が主催し、2021年12月7日、8日に開催された。「栄養サミット」開催の経緯
「栄養サミット」以前にも栄養に関する国際的な会議は開催されていましたが、そのうち栄養に関して議論が混乱し、先進国と発展途上国の意見の対立が起こるようになってきました。発展途上国の主張は「先進国の豊かな生活は、発展途上国の犠牲によるものである。先進国の発展により、発展途上国の環境は破壊され、飢餓が増大し、栄養失調が起こってくる」というものでした。そこでこの問題をどのように解決すれば良いのか、という議論が始まりました。
そうした中「栄養サミット」は、2012年にロンドンオリンピック・パラリンピックが開催された際、オリンピックの機会を活用して、地球規模の課題に対する具体的な国際的コミットメントを得たいとするキャメロン元英首相の主張により始まったのです。翌年、2013年6月にロンドンで第1回目の栄養サミット「成長のための栄養サミット:ビジネスと科学に基づいた飢餓との戦い」が開催されました。この会議の内容は、国際食糧政策研究所により「2014年世界栄養報告(2014 Global Nutrition Report)としてまとめられました。私はこの序文「良好な栄養状態は、人間の幸福の基盤になる」を読んで、感動したことを覚えています。これから先、栄養問題は単に健康問題に限定されず、広い概念を持つようになるだろうと感じました。
SDGsの発祥と栄養の役割
「持続可能な開発目標(SDGs)」は、2001年に策定された「ミレニアム開発目標(MDGs)」が発展したものです。MDGsは主に先進国による発展途上国の支援を中心とする内容でした。しかし、これでは偏りがあるということで、2015年にSDGsが国際連合で採択され、全加盟国が同意しました。
しかし、栄養課題の取り組みがなぜこの17ゴールに出てこないのか。これについては国際栄養士会議の中でも議論がありました。栄養は保健、医療、福祉のみならず、教育、経済、労働、ジェンダー、農業、さらに環境等にも複雑かつ多様な形で関係しています。そのほぼ全ての領域の下支えをしているため、一つのゴールとすることができませんでした。栄養不良の解決なくしては、SDGsの目標は達成できません。そこで、「栄養サミット」で全てのゴールを下支えしようという気運が高まりました。
「1.貧困をなくそう」、「2.飢餓をゼロに」は言うまでもなく、「3.全ての人に健康と福祉を」には、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(Universal Health Coverage(UHC))「すべての人々が基礎的な保健医療サービスを、必要なときに、負担可能な費用で享受できる状態」の構築です。また、「4.質の高い教育をみんなに」では国の教育レベルが向上すれば、栄養教育は普及・進歩し、栄養状態も良好になっていきます。「5.ジェンダー平等を実現しよう」では、10代女性の栄養状態を改善して健康になれば、能力を発揮することができ、社会的地位の向上にも役立ちます。「8.働きがいも経済成長も」では栄養状態が労働力や労働生産性、さらに個人の収入に関係し、栄養改善は個人の働きがいを高め、経済成長を促進するために重要です。
これらを具現化しているのが日本の栄養政策だと私は思います。東京栄養サミット開催前から、栄養改善に成功した日本からどのようなメッセージが出るのか、世界が注目していました。
「東京栄養サミット2021」での日本栄養士会のコミットメント
東京栄養サミット初日には、岸田首相から、今後3年間で3,000億円以上の栄養支援をすると約束がありました。林外務大臣は、関係者が一致団結して重要なこの栄養問題に取り組む必要性を訴えられました。国連のグレーテス事務総長は、世界における飢餓、食料不安、健康な食生活が課題であり、東京栄養サミットを通じた栄養政策改善の推進をスピーチされました。
ハイレベルセッションの最後に日本栄養士会がスピーチの機会をいただきました。日本栄養士会からのメッセージの概要は以下です。
「誰一人取り残すことなく、すべての人々が健康の増進、疾病の予防、治療、さらに機能回復に関するサービスを享受できる社会の創造に、栄養改善は不可欠。また、栄養はSDGs全体を底辺から支える役割を担っており、この実践的リーダーが、管理栄養士・栄養士である。第二次世界大戦による飢餓状態の中で、日本の栄養士は誕生した。行政機関、児童福祉施設、学校、病院、高齢者・障害者施設等で、栄養の指導を行い、全ての国民が普段の生活の中で健康な食事と栄養教育にアクセスできる社会の創造に貢献してきた。日本栄養士会は政府と連携し管理栄養士・栄養士の育成と質の向上を図り、国民の栄養改善に貢献してきた。この経験を活かして国際的な栄養改善に貢献すべく、コミットメントを発表する」。
翌日は厚生労働省主催で、地域高齢者に対する栄養の取り組み、日本の栄養政策、子供の肥満、日本の母子栄養改善の取り組み、国際的な減塩の促進のイベントが行われました。日本の座長および発言者には、栄養をリードする方が数多く登場しました。鈴木志保子先生にも、日本栄養士会副会長として、スピーチしていただきました。
管理栄養士・栄養士を世界へ
日本栄養士会は公式サブイベント「Japan Nutrition Action 2021-2030」を開催しました。ここでは栄養不良の二重負荷で世界は悩んでおり、新型コロナウイルスの感染拡大でさらに深刻になったことについて言及しました。従来の栄養不良撲滅の方法は、緊急時の食料支援と経済援助に集約されています。お金と食べ物さえ与えれば栄養問題が解決できるわけではなく、自立した持続可能な栄養改善をしなければなりません。そのためには、自国で栄養政策を組み立て、管理栄養士・栄養士を養成、制度化し、社会の隅々まで配置する必要があると考えています。
コミットメントの具体的実現のひとつとして、ラオス人民民主共和国への支援プロジェクトが始まります。ラオス大使から「ラオス政府は国の経済的社会発展とともにSDGsを達成するために栄養の確立が重要だと考えています。ラオス政府は栄養の事業を続けられるように日本政府に支援をお願いし、日本栄養士会に正式に依頼しました」とスピーチがありました。
60カ国60社の民間企業を含む215のステークホルダーからの支持を得て、東京栄養サミットにおいて議論された成果から、「東京栄養宣言」が発出されました。 国内外の様々な関係機関が主催する120以上の行事が公式サイドイベントとして認定されました。これほど大規模な栄養サミットは今までにはなく、国際的に非常に高い評価を得ています。
私たちは、コミットメントが空手形にならないように具現化していきたいと思っています。皆さん方のご協力を何卒よろしくお願いします。
東京宣言要約
栄養は個人の健康と福祉の基礎であるとともに、持続可能な開発と経済成長の基盤である。良好な栄養への投資は、人々の健康を改善し、一人ひとりの可能性及び 生産性を伸ばし、国の経済発展を支える機会となる。栄養不良は、全ての国にとっての課題であり、多くの国は栄養不良の二重負荷に苦み、新型コロナウイルス感染症のパンデミックの影響により公平性が一層の課題となった。我々は、SDGsアジェンダの一部として2030年までにあらゆる形態の栄養不良を終わらせるために、健康、食、強靱性、説明責任、財源の5つのテーマ別分野にわたって栄養に関する更なる行動を取ることにコミットする。
Profile
中村 丁次(なかむら ていじ) 先生
神奈川県立保健福祉大学学長 博士(医学)
徳島大学医学部栄養学科卒業、新宿医院、聖マリアンナ医科大学病院栄養部部長を経て2003年神奈川県立保健福祉大学栄養学科長に就任。2011年に同大学長となり現在に至る。
日本栄養士会代表理事・会長、国際栄養士連盟常任理事、アジア栄養士連盟副会長 など。